2018年2月12日、米ワシントンの美術館「ナショナルポートレートギャラリー」で、オバマ前大統領夫妻の肖像画が一般公開されました。リンカーンやジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソンなど歴代大統領の肖像画がズラリと並ぶなか、近年は大統領だけではなく夫人の肖像画も展示されるようになりました。
しかし、これまでは今回の肖像画ほど世間の関心を集めたことはなかったそうで、世界中のメディアが殺到。それほどまでに、オバマ夫妻の肖像画は「異例づくし」でした! さて、その理由は......
オバマ氏は「白髪と大きな耳」がコンプレックス?
They were the first African‐American painter to paint the first African‐American president of the United States.
(彼らは、アメリカ合衆国初のアフリカ系アメリカ人の大統領を描いた、初めてのアフリカ系アメリカ人画家だ)
オバマ夫妻の肖像画は「初めて」のオンパレードでした。ご存知のとおり、オバマ氏は「初めて」のアフリカ系アメリカ人大統領で、ミシェル夫人も南部の奴隷にルーツを持つ「初めて」のアフリカ系アメリカ人ファーストレディーです。
それに加えて、今回、夫妻がそれぞれ指名した画家が、二人とも黒人アーティストだったことがニュースになりました。これまでの大統領の肖像画はすべて白人アーティストによるもので、黒人アーティストが大統領の肖像画を手がけることも「初めて」だったのです!
また、「ノーネクタイ姿(オバマ氏)」や「緑の葉の背景(オバマ氏)」といった斬新な絵柄も「初めて」でした。
オバマ氏は、画家と何度も綿密な打ち合わせをして細部までイメージをすり合わせたそうですが、「ある交渉」に失敗したことを披露して笑いを誘いました。
〈今週のニュースな英語〉はこれ!
I tried to negotiate less gray hair and his artistic integrity would not allow him to do what I asked.
(もう少し白髪を少なくして欲しいと交渉したけど、彼の芸術的良心がそれを許さなかったんだ)
※「integrity」は「良心」とか「正直さ」という意味です。
さらに、白髪だけではなく「I tried to negotiate smaller ears」(耳をもっと小さく描いてくれと交渉した)けれど失敗したことも暴露しました(笑)。
白髪と大きな耳がコンプレックスだったのかどうか、真意のほどはわかりませんが、オバマ氏らしいウイットに富んだコメントです。
ちなみに、「馬に乗っている姿を描く」という案もあったそうですが、オバマ氏に却下されたとか。「ナポレオンみたいな肖像画」(オバマ氏)はお好みではなかったようです。
感動のインスタメッセージ! 貧困層から大統領夫人に
オバマ氏とミシェル夫人はこの日、インスタグラムでもそれぞれのアカウントで肖像画とメッセージを紹介。翌13日までに寄せられた「いいね!」の数は、オバマ氏が約140万件、ミシェル夫人が約160万件とミシェル夫人に軍配が上がっています。
ミシェル夫人のインスタグラムメッセージは、若い世代、とりわけ有色人種の少女たちに向けた含蓄のある内容で、私は思わず胸が熱くなりました。アフリカ系アメリカ人の彼女が歩んで来たであろう苦難の道が容易に想像できたからです。
Nobody in my family has ever had a portrait. This is a little bit overwhelming, when I think about the young people who will visit the National Portrait Gallery and see this, including young girls of color who don't often see their images displayed in beautiful and iconic ways. I am so proud to help make that kind of history.
(私の家系に、肖像画を描いてもらった人なんて一人もいなかった。そんな私が、この美術館を訪れる若い人たち、とりわけめったに美しく象徴的に描かれることのない有色人種の少女たちがこの絵を見ることを思い浮かべると、熱い想いがこみ上げてくる。そして、こうした歴史を刻むことができたことを誇りに思う)
先祖が奴隷で、日々の生活費の支払いに困るような労働者層に囲まれて育ったミシェル夫人。周りに大学に進学する人がほとんどいないなか、「貧しい家庭の女の子は大きな夢を持ってはいけない」と育てられたといいます。血のにじむような努力で名門プリンストン大学とハーバードロースクールを卒業した時には、多額の借金(奨学金)を抱えていました。
同じくアフリカ系アメリカ人で、苦学して人生を切り開いてきたオバマ氏も、40代まで奨学金の返済に追われていたというから驚きです。
そんな二人が、貧困や差別、偏見をはねのけて大統領とファーストレディーになったことに、アメリカという大国の底力を感じます。今回、自分たちと同じような境遇の黒人アーティストに肖像画を描くという栄誉を与えることで、後世にまでメッセージを残したかったのでしょう。
ミシェル夫人だけでなく、オバマ氏もインスタグラムでこうつぶやきました。
この美術館を訪れた世界中の若者が、黒人アーティストが描いた黒人大統領夫妻の肖像画を見て、「世の中を変えようと行動に移すことを願う」と。
さて、〈今週のニュースな英語〉をビジネスの場面で応用してみましょう。
今回は、「negotiate」(交渉する)という単語と、比較級(less gray hairやsmaller ears)を組み合わせる表現です。
「negotiate」はビジネスの頻出単語ですが、比較級を後ろにもってくるだけでいろんな場面で使えます。
I negotiate more discount.(もっと安くしてくれと交渉する)
I negotiate bigger bonus. (ボーナスを上げてくれと交渉する)
I negotiate higher position.(もっと高い地位につけてくれと交渉する)
「交渉」と考えると堅苦しい英語を想像しますが、こんなシンプルな方法で意志は伝わるのですね。オバマ氏に、シンプル英語の極意を教わった気がしました。(井津川倫子)