銀行員時代、また独立後を通じて、多くの企業家としての成功者を見てきました。
たとえば、技術の世界では当然のこととして、たいていは技術的に優れたものを持っている方、サービスの世界では、優れたビジネスアイデアやビジネスモデルを持っている方が成功されています。
海を渡った大手下請けの独自製品
しかしながら、優れた技術力、開発力、あるいはビジネスアイデアを持っている方がすべて成功者になっているかというと、必ずしもそうではありません。
同じように優れたモノを持ち合わせて、成功の階段を順調に登っていかれる方と、もったいなくも埋もれていってしまう方とでは、どのような「違い」があるのでしょう――。
先日、独自の開発技術による画期的な電機部品が、米国大手企業に採用されたことから自社を上場にまで押し上げた社長に、そこに至った経緯のお話を聞く機会があり、私が開度気にかかっているこの「違い」の解明についてヒントを得る機会がありました。
C社は業歴約30年、元々は大手企業の下請けをメインとした電機機器製造業です。創業来、知り合いから借り受けたあばら家の本社兼工場で、大手の孫請けの仕事をこなしながら、自社独自の技術開発にもコツコツと励んできたと言います。
創業から20年ほどたったある日、事業展開を一変させる事件は起きました。
休日明けのその日、C社S社長が会社に着くと見慣れない英語のFAXが入っていました。社長は海外からの訳の分からないセールスメッセージだろうと思い込んで、ゴミ箱に放り込んだのですが、遅れて出社した英語に堪能な部長がこれを見つけてビックリしました。
「このFAX捨てたの社長ですか? これ、大変なメッセージが入ってますよ!」
そのFAXは、日本でも名の通った米国大手IT機器関連企業I社からのもので、「御社の試作開発品○×△をたまたま目にし、大きな関心を持っています。ついては当社との新規取引に関心があるのなら、1週間以内に米ニューヨークの本社に先の試作品のシリーズをすべて持って来てほしい」という驚きのメッセージだったのです。
部長は社長の指示ですぐに先方にアポを入れ、二人はすぐさまニューヨークに向かったのでした。
一気に上場へ駆け上がったシンデレラ・ストーリー
話は驚くほどトントン拍子にすすんで、長年にわたり社長が温めてきた独自の試作品が、同社が過去に経験したことのないような大量ロットでの発注の打診を受けたのです。
このチャンスを絶対に逃すものかと、国際弁護士を入れI社と価格や納期の条件折衝をすすめながら、他方で受注品の生産ラインの確保に奔走。知り合いのツテで電機部品工場を手当たり次第にあたって、なんとか納期までに発注量を受けられる製造ラインを確保しました。
米国大手I社から電機部品の大量発注を町工場レベルのC社が受けたというニュースは、生産ライン確保の騒ぎから一気に業界を駆け巡り、大手電機メーカーから続々と直接に発注の打診が舞い込みます。さらに噂を聞きつけた海外の有力企業からも引き合いが相次ぎ、まさに一夜にして環境が一変するというシンデレラ・ストーリーを地で行く流れになったのでした。
その勢いで売り上げは大幅に進展し、コツコツと溜め込んできた新規開発の製品も続々大手企業に採用となって、一気に株式上場へと駆け上がったのです。
では、なぜC社の製品は米国の大手I社の知るところになったのでしょう。それにはこんな裏話がありました。
S社長は、自分が開発した試作の電機部品やそれを使った電機機器を、長年にわたって納品先はじめ、会う人会う人あたりかまわず見せて手渡していました。たいていは軽くいなされる程度でほとんど相手にされずにいたのが、ひょんなことから複数の取引先を経由して米国I社の部品調達担当の手に渡ることになったのだと言います。
S社長が常に心がけていた、新開発の製品ができたら「たとえ聞いてもらえなくとも外に披露し伝えること」の繰り返しが、いつの間にか海を渡って米国にたどり着き世界の大手企業の知るところとなって、思わぬニーズマッチングからシンデレラ・ストーリーの階段を一気に駆け上がったというわけなのです。
私はS社長の話を聞きながら、「アナログな伝達力」という言葉を思い浮かべました。技術力や営業力とは異なり、誰にでもできるマネジメントを助けるもう一つの力を教えられた思いでした。
「アナログな伝達力」は、すぐにマネできるマネジメント力
中小・零細企業、あるいは飲食店経営の個人事業主でも、秀でた技術力や画期的なアイデアを持ってビジネスをしていながら、なかなかそれが世間には伝わらないケースは非常に多くあります。
いいものを提供していれば、黙っていてもいつかはそれなりの誰かがわかってくれて、ブレイクのきっかけをつかめるハズと思いがちなのですが、じつはそうではありません。
経営者が意図的に働きかける、人から人への地道なアナログ伝達こそが、自社ブレイクのカギを握っているのだということを、S社長の経験談は如実に物語っていました。
「アナログな伝達力」は、すぐにでもマネできるマネジメント力でもあります。望んでいながら、なかなかブレイクできない世の企業経営者の方々には、ぜひ参考にしていただきたいお話です。(大関暁夫)