悪者は携帯電話か――。大手携帯電話会社の幹部は、日本銀行の黒田東彦総裁の発言にあきれ顔だ。
それもそのはず、黒田総裁が消費者物価の上昇しない最大の要因として、携帯電話の通信料が下がったことが要因だと、「名指しで指摘された」のだ。
消費者の購買意欲低く、値下げ圧力続く
2017年10月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、日銀は17年度の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比の見通しを7月時点の1.1%上昇から0.8%上昇に下方修正した。その後の記者会見では、黒田総裁は、「最大の理由は、携帯電話の通信料が大幅に下がったこと」と説明した。
「まるで、黒田総裁の生命線である異次元緩和が効果を現さず、消費者物価が上昇しないのは、すべて携帯電話料金の低下が原因のような言い方だ」(前出の携帯大手の幹部)と憤慨する。確かに、総務省が12月1日発表した10月の全国消費者物価指数によると、携帯電話の通信料は前年同月比5.2%下落し、25か月連続の下落となっている。
しかし、この携帯電話料金の引き下げ、そもそもは2015年9月に安倍晋三首相が、経済財政諮問会議で携帯電話料金の負担軽減策検討を指示したことから始まっている。これを受けて、当時の高市早苗総務相が有識者会議を設置。同年12月に利用量の少ないユーザー向け料金の導入やなど提案した。この提案を「忖度」した大手携帯電話各社が料金値下げに踏み切ったという経緯がある。
黒田総裁の最大の後ろ盾でもあり、盟友でもある安倍首相による携帯電話料金の引き下げ指示が、黒田総裁の進める異次元の金融緩和の最大目標である消費者物価の2%上昇の阻害要因となっているとしたら、政権と日銀の関係に綻びが出ているとようにも思える。
政府の「デフレ脱却」宣言は近い?
とはいえ、安倍首相の携帯電話料金の引き下げ検討指示に対して、黒田総裁は当時、「消費者の選択の余地を拡大し、実質所得を増やすことは、長い目でみて、物価を好循環の下で2%に向けて引き上げていく面でもプラスになる」と支持する発言をしている。
ところが、その効果はまったく現れず、黒田総裁は消費者物価の2%上昇の達成時期の先送りを繰り返し、現在は「2019年頃になる可能性が高い」と言う。こうなると、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではないだろうが、藁をもつかむ思いで「携帯電話料金の引き下げ悪者論」を展開せざるを得なかったのかもしれない。
ただ、携帯電話の料金引き下げとともに、黒田総裁が消費者物価の上昇しない理由としたのが、スーパーなどの値下げ合戦とインターネット通販の普及だ。消費者が低価格を選択していることを端的に表す「スーパーなどの値下げ合戦とインターネット通販の普及」が消費者物価上昇の阻害要因になっているのであれば、それは取りも直さず「デフレ経済からの脱却が遠い」ことを示している。
黒田総裁が目指す消費者物価2%上昇が、デフレ経済からの脱却からの象徴だとすれば、その達成時期を何度も先送りしていること自体が、目標そのものに無理があることの証左であろう。
折しも、国民総生産(GDP)が7四半期連続で前期比プラス成長となり、2019年1月には戦後最長で73カ月続いた「いざなみ景気」を追い越す可能性が出てきた。これを受けて、政府では黒田総裁のいう「消費者物価の2%上昇」の目標達成をかなぐり捨てても、「デフレ脱却」を宣言すべきとの声まで出はじめている。
黒田総裁が目指したものは、いったい何だったのだろう。(鷲尾香一)