プロ野球・北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手の米国メジャーリーグ挑戦が正式に決まり、球団社長と監督、本人のそれぞれが会見しました。
日本ハムファイターズは5年前に、高校卒業後メジャーリーグ直行挑戦を希望していた大谷選手を、ドラフト1位で単独で強行指名。大谷選手のプロ生活がスタートしました。
「二刀流」大谷選手の成功の陰に栗山監督あり
入団交渉では、栗山監督自らがプレゼンター役を買って出、二刀流を前提とした「大谷翔平君 夢への道しるべ ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~ 」なる勧誘プレゼンテーションによって急転直下、入団にこぎつけたのです。
入団後は交渉時の約束どおり、「二刀流」確立に向けた投打並列の練習を容認する栗山監督の方針に対して、名だたるプロ野球OBの評論家たちは「二刀流育成は無謀」と反対を唱えます。
打撃低迷時には「投手に専念させるべき」との声が高まるも、監督の育成方針に一切の揺らぎはなく、結果的には入団4年目の2016年、二刀流として花開く時がきたのです。
投手として10勝、打者としても3割&20本塁打という投打にわたる大車輪の活躍でチームを日本一に導き、自らもシーズンMVP、投手と指名打者部門でベストナイン選出という前人未到の金字塔をうち建てるとともに、空前絶後の二刀流プレイヤーとしての認知を得るに至りました。
この活躍をメジャーのスカウトたちが放っておくはずがありません。現時点では、メジャーの全30チームからオファーがあるのではないかとも言われているのです。
なぜ彼は5年という恐らく当初の予定どおりのタイムスケジュールで、メジャー全球団から入団オファーが来るほどの超一流の二刀流プレイヤーにまで上り詰めることができたのでしょう。
彼の生まれ持った資質が優れ、かつその「勝つ努力」の度合いが人並み外れていることはもちろんなのですが、最大のポイントはドラフト指名から一貫して二刀流の完成をめざし育成に力を注いできた、栗山監督の育成力にこそあるように思うのです。
育成のための3つのポイント
人材育成は、中小企業経営者が抱える経営課題の中でも難易度最高レベルに位置するものです。
以前、「ウチにも大谷みたいな、事業企画にも営業にも活躍してくれる『二刀流』のエースが欲しい」と、知り合いの中小企業社長が冗談交じりに言っていましたが、大谷選手に見る栗山監督の二刀流育成方法には中小企業には欠かせない「多能化教育」のヒントが隠れているように思えます。
と申し上げるのも、栗山監督の「大谷二刀流」育成方針には、学ぶべき3つの特筆ポイントがあると見ているからです。
ひとつ目は、二刀流育成に関して長期的展望に立って取り組んだこと。
できるからといって、いきなり無理はさせない。段階的に難易度を上げていくやり方をとり、たとえ途中でうまくいかないと感じることがあったとしても、一度決めた育成方法は安易に変えたりやめたりしませんでした。厳しい批判にさらされようとも、とにかく愚直に続けたのです。
じつは大谷選手はデビューからしばらくは、打者として大きな成果をあげることはできませんでした。15年に投手部門のタイトルを総ナメにした際も、打者としては打率2割そこそこ本塁打5本という、至って平凡な成績だったのです。
二刀流に批判的な評論家たちは、ここぞとばかりに「二刀流はやめて投手に専念させろ」と騒ぎ立てました。しかし、栗山監督はそれにまったく動じることなく、当初の育成方法を貫きました。
「期待してる」と、ハッキリ口しなさい!
ふたつ目は、チームがどんなピンチの時でも育成の心を優先し、目先の利益に惑わされないこと。
2016年のことですが、優勝争いをしている最中に大谷選手は指のマメを潰し、投手としてしばらく登板できなくなりました。この時、栗山監督は思い切って復帰を遅らせ約2か月にわたって打者に専念させたのです。
優勝争いの渦中にあるチームとしては1日も早くエースの復帰をと考えるのが普通ですが、監督はとにかく無理をさせず十分すぎるリハビリ期間を設けることが、最終的に本人のためになると考えたのでした。
栗山監督は常々「常に何が一番選手のためになるのかを考えて指揮をとっている」と言ってはばからないのです。
そしてもうひとつ、三つ目が選手を信じること。そして信じる気持ち、期待する気持ちを本人に直接伝えることです。
栗山監督はもう入団前から、「翔平なら必ずできる」を口癖のように、本人に対して、あるいは取材メディアを通じて公言し続けてきました。
それはまさに選手を信じることであり、それを本人に直接、間接を問わず伝わることで、達成に向けたモチベーションの向上につながるのです。大谷選手ほどのプレイヤーであっても、やはり上に立つ指導者から信頼され期待されることは、本人の達成意欲に大きな影響を及ぼしたに違いないと確信するところです。
いま中小企業は、業界問わず採用難、人材難に苦しんでいます。そのひとつの解決法としては、1人2役、1人3役をこなせるような「多能化スタッフ」の育成にあると思われます。
栗山監督の二刀流育成術を、企業の多能化策に引き直すなら、愚直な多能化努力を続けること、社員の成長を第一に考えて多能化に取り組むこと、そして社員の成長を信じて、口に出して期待感を伝えること、となるでしょう。
まさに世界に羽ばたかんとする「二刀流」大谷選手誕生の陰に、名将・栗山監督の多能化育成術あり。参考にされてみてはいかがでしょうか。(大関暁夫)