去る2017年6月25日、ライフネット生命保険の定時株主総会がありました。その場で、私、出口治明は正式に代表取締役会長を退きました。
ここに改めて、そのワケときっかけとなった1冊の本の話をしたいと思います。
若きリーダーに託す意味
僕が取締役を退く決意を固めたのは、今年(2017年)の正月休みのこと。創業から10年が経ち、古希を迎えるにあたって、これから10年のことを考えている中で、ある本のことをふと思い出したからです。
それは以前、保険の歴史を学んだときに読んだ1冊です。
19世紀の米国で、小さな保険会社の社長が退任しました。その社長は辞める前に、自らをエレベーター係に任じたのです。もちろん、給与も下げました。
エレベーター係の元社長を前にして最初の1週間、社員は階段を使いました。それはそうでしょう。昨日まで社長を務めていた人がエレベーター係として目の前にいるのですから。どんな顔をして乗ったらいいのか、居心地がいいはずはありません。
しかし、そんなことはそうそう長くは続きませんでした。少しずつ社員はエレベーターを利用するようになります。元社長はエレベーター係の仕事に徹します。そうしているうちに、ある変化が起こったのです。エレベーター係に徹する元社長の姿に、会社の雰囲気が変わり、社員一人ひとりがもっと会社のために働きたいと思うようになったのです。つまり、社員一人ひとりが、自身が与えられた「役割」、「機能」から会社を支えようと頑張るようになったのです。
「僕ができる『役割』が変わろうとしている」と強く感じて、退任を決意したのです。
決意をみんなに打ち明けると、やはりというか、会社は「最高顧問」という肩書を用意してくれました。しかし、僕は断りました。「ここはエレベーター係に徹しなければ」、「創業者という事実だけで十分だ」と。
僕は今年4月で古稀を迎えました。古稀を迎えた人間が第一線を退き、これから脂がのっていく30代の2人(木庭康弘氏、森亮介氏)を新たに取締役に迎え、41歳の社長の両翼として活躍してもらうほうが、ライフネット生命の将来は楽しみだし、ライフネット生命に加入してくださるお客さまにも安心してもらえるだろう、そう考えたのです。
若手の台頭には、希望が持てます。あの、フランスでも39歳のミシェル・マクロン大統領が誕生しました。若きリーダーに、フランスは沸いています。日本の会社も、そうあるべきなのです。
お客さまの安心、働き方が変わる。役割も変わる。
僕は2006年10月、58歳のときにライフネット生命の前身である準備会社、ネットライフ企画を設立。08年に生命保険業免許を取得し、戦後初の独立系インターネット生命保険会社を開業して市場開拓に務めてきました。10年間先頭に立って走り続けてきたのです。
しかし、昨秋ごろから、それまでは夜10時まで営業しているコンタクトセンターには必ず顔を出していたのに、時折そのまま帰宅するようになりました。これは、僕のからだが陣頭指揮ではなく、後陣に回るように促しているのだと思いました。
次の10年の課題は何よりも次世代の育成にあります。僕は後陣から若い世代を支える役割に回ろうと思います。これからの僕の役割は、会社と業務委託契約を結び、次世代の育成とライフネット生命の広報宣伝が中心となります。これまで以上に、講演活動やセミナーなどでライフネット生命をPRしたいと考えています。(出口治明)