私が以前働いていた銀行のような大企業組織と、今の仕事でお手伝いをしているような中堅・中小企業の組織との一番の違いは何かと言えば、誰の目にも明らかなのは経営者自身の性質という部分ではないでしょうか。
その違いは単純に、サラリーマン経営者であるか、オーナー経営者であるかの違いではないのかと思ったりもするのですが、よくよく考えてみると必ずしもそうではないような。なぜならば、大企業にもオーナー経営者は数多く存在しており、彼らには中堅・中小企業オーナーとは一線を画する何かがあるからです。
「好打者=デキる監督」ではない
ちょっとしたキッカケがあってそんなことをふと思った私は、そもそも中堅・中小企業オーナー経営者とはどのような存在であるのか、その点を改めて考えてみたいと思いました。
米IT企業「Khorus」の最高経営責任者(CEO)で、90年代から数多くの企業経営や組織運営に携わってきたジョエル・トランメル氏が以前、ビジネス雑誌のインタビューに答えて、こんなことを話していたのを思い出しました。
「経営者とは『特定の領域において、飛び抜けた成功を収めてきた人』であった。大抵の場合彼らは、その分野や部門で『最も頭の良い人』だ。しかし、『スペシャリストであること』は経営者という役割を担うための準備にはならない。ひとたび経営者の座に就けば、彼のこれまでのキャリアでは取り扱ったことのなかった問題に絶えず直面する。彼らはそこでは『最も頭の良い人』ではなくなる。経営者という役割について学んだり、経営者として直面するであろうことに準備したことのない人は、ネガティブな反応をし本人の性格上の欠陥を強めて、結果として経営者としての失敗へとつながることが多いのだ」
なるほど言われてみれば、確かに中小オーナー経営者は自ら事業を興す段階では事業家ではあっても企業家ではありません。起業して事業を発展させ、企業を興し、さらに事業を拡大させて行く段階までは、トランメル氏が言う「特定の領域において、飛び抜けた成功を収めてきた人」であり、少なくともその組織内において、その組織が扱う専門分野では「最も頭の良い人」であるわけです。
しかし、企業が成長していき、経営者としての手腕を求められるようになったときに、企業経営に関しては「最も頭の良い人」でなくなるとしたら、中小のオーナー企業経営者の限界はそこにあると言えるのです。
大企業には「経営」を学ぶ機会がある
大企業の事情がちょっとばかり違うのは、経営者がサラリーマンであろうとオーナー系の二代目、三代目であろうと、自分がそのポジションに近い将来就く可能性が出てきた段階で、経営者という役割について最低限の勉強をする機会に恵まれるからです。
すなわち、彼らは経営トップになる前に一定期間に大企業の役員として経営の一翼を担い、経営のなんたるかを時には第三者的に、時には当事者として学ぶことになるわけです。
つまり、起業家のオーナー経営者が何の予備知識もなく、いきなり社長のイスに座り、全権を持った責任者として指揮を執るようになることとは、そこに大きな違いがあるのです。
さて、冒頭でこんなことを考えるに至ったと記した「ちょっとしたキッカケ」の話をします。その発端は、以前自分で立ち上げた技術系企業を上場にまで持っていきながらもちょっとしたマネジメントミスが致命傷になり、結局会社を人手に渡すに至った発明家技術者M氏からの一本の電話でした。
「私が発明した新しい画期的技術の特許が通り、大手からの引き合いも出始めたので、新たに会社を設立して3年後の上場を目指すことにしました。そこで、あなたに手伝ってもらいたい。単刀直入に申し上げると、この会社の社長を引き受けて欲しいのです」
私は驚きました。私に社長職を勤めて欲しいという申し出にと言うよりは、M氏が自ら立ち上げた会社の経営者を、他人に任せようとしていることに、です。なぜなら、以前上場させた企業では、私を含め周囲の何人かが「この先会社を大きくしたいのなら、タイミングを見て社外取締役に経営のプロを入れて合議制にするか、あるいはその手のプロに社長のイスを譲って会社然とした組織づくりをめざしたほうがいい」とのアドバイスに、どこまでも「自分の会社」であることにこだわって頑なにこれを拒否していたからです。
「痛すぎる失敗」から学んだトランメル理論
そのあたりの心変わりのいきさつを聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「私は技術に関してはプロ中のプロだが、企業経営は素人です。前回、上場企業を経営してみて、そのあたりを痛いほど実感しました。オーナー企業の最大の弱点は、経営者にあるのだと。ならば今度こそ同じ轍を踏まないために、企業経営はその道のプロにお任せするのがいいと思ったわけです」
まさに、いくつもの企業経営を通じて得たトランメル氏の理論を、M氏は1社の痛すぎる失敗により身を持って理解したわけなのでした。M氏の「オーナー企業最大の弱点は、経営者にある」との言葉は、マネジメントに関して勉強不足気味な多くの中堅・中小企業オーナー系経営者の方々に聞かせたい、経営者としての「身の丈」をしっかり知ることの重要さを伝える名言であると思いました。
ちなみに、私はM氏のお手伝いは喜んでしますが、経営者はお引き受け致しかねますと即答しました。経営素人の「身の丈知らず経営者」が危ういのと同じく、技術素人に技術系企業の経営者が務まるなどと思うのは、とんだ「身の丈」知らずでしょうから。(大関暁夫)