「痛勤」に耐えるガマン強さこそ、会社が求める「能力」ではないか
他人に「人肌として迷惑をかけない」ことによってのみ、「痛勤者」は、すし詰めの一員になれる。自分の存在を、下手すりゃ貶めかねない空間にギュウギュウと押し込まれ、数十分も耐える苦行が、毎朝晩と繰り返されるわけだ。
この苦しみに耐えるガマン強さこそ、会社が要求している「能力」のひとつではないか。
通勤のあいだ、ビジネスマンたちは、忍耐力や「心を無にする力」、満員の車内でも迷惑をかけない手足の具体的な動かし方やイライラの鎮め方など、多くの能力を発揮している。にもかかわらず、交通費の実費しか貰えないなんて、あまりにも理不尽ではないか!
「痛勤」の苦痛に耐える能力は、それだけで評価されるに値するほど素晴らしい能力だ。私など、そこに耐性がないために「会社員」という枠組みから脱落してしまったと、今でも悔やんでいる。あの能力さえあれば、人生はもうちょっと上手くいっているはず......
だからこそ、私は本気で主張したい。「痛勤手当」さえあれば、世のサラリーマンの苦労が、少しは報われるのではないかと!!
せめて、時給2000円くらいは会社が支払ってほしいものである。こんなに素晴らしい能力をタダで使おうなんて、ちょっと虫がよすぎるんじゃあないだろうか。
皆さんはどう思いますか?(北条かや)