今回(連載第2回目)から、債権法改正の具体的内容について解説していきます。本稿では、消滅時効に関する改正のうち、短期消滅時効の廃止について解説します。(髙木弘明弁護士・西村あさひ法律事務所)
メロン代金、払う、払わない?
設 例
Aさんは、2年前、お中元用として、近所のBさんが経営する果物屋さんでメロンを5個買いました。その際、Bさんは「後で請求書を送るね」として、その場では代金を支払いませんでした。その後、Bさんはメロンの代金のことを忘れてしまったのか、Aさんに対して何の連絡もしないまま2年間が経ってしまいました。Aさんはまだメロンの代金を支払っていません。Aさんは今後もメロンの代金について支払う必要があるのでしょうか。
解 説
現行の民法では、債権者の職業に応じて、原則(10年間)よりも短い期間で消滅時効が成立する場合を定めています(民法170条から174条まで)。これを短期消滅時効といいます。たとえば、設例の場合、Bさんの債権は、Bさんが小売商人として売却した商品(メロン)の代金債権ですので、2年間行使しないときは消滅時効が成立します(民法173条1号)。
短期消滅時効は、もともと、民法の制定当時(明治時代)に、比較的低額かつ短期の決済がされることが通常である債権について、証拠を発行したり保存したりしないという社会実態を踏まえて制定されました。しかし、短期消滅時効については、理論的に、民法170条から174条までに具体的に列挙された債権とそれ以外の債権との間に合理的な区別があるのか疑問であるとの批判がされていました。
たとえば、民法172条は弁護士の報酬に関する消滅時効の期間を2年間と定めています。他方、司法書士や税理士の報酬については、民法は何も規定を置いていませんので、その消滅時効の期間は、民法172条の類推適用がなければ10年間ということになります。
実際、東京地裁1996(平成8)年4月22日判決判タ906号285頁では、司法書士の報酬債権についての民法172条の類推適用を否定しています。しかし、弁護士の報酬債権と司法書士や税理士(いわゆる士業)の報酬債権に、大きな差異を設ける合理的理由はないとの批判がされています。
また、実務的にも、債権ごとに相手の職業を調べて、短期消滅時効の該当性を確認する必要があり煩雑であることや、調べたところで短期消滅時効の規定の適用があるのかどうかがよく分からない(不明確である)ケースが少なくないことも指摘されていました。参考までに、これまでの短期消滅時効の期間を以下に記載しますが、いかに複雑な規定になっていたかを感じていただけるかと思います。
従業員の未払い残業代、消滅時効期間は現行法で2年だが・・・
そこで、改正民法では、通常の一般債権については、(1)債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、または(2)権利を行使することができる時から10年間行使しないときに時効によって消滅することとしました(改正民法166条1項)。これに伴い、商行為によって生じた債権に関する商事消滅時効(5年間。商法522条)も廃止されます。
冒頭の設例では、現行民法では、BさんのAさんに対する債権は2年間で消滅時効が成立する可能性がありました(時効の中断や完成猶予については次回に解説します。)が、改正民法では、まだ消滅時効は成立しないことになります。
また、サラリーマンに関する短期消滅時効で最も身近なものとして、従業員の残業代の請求権があります。これについては影響はあるのでしょうか。
現行民法174条1号は、従業員の給料に関する債権の消滅時効を1年としています。しかし、従業員の賃金債権の消滅時効については、労働基準法115条が、労働者の権利保護の観点から民法174条1号の特例を定めており、「この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によって消滅する」と規定しています。
したがって、従業員の賃金債権(残業代などを含む)の消滅時効の期間は、現行法では2年となります。
ところが、債権法改正により民法174条が削除されれば、労働基準法115条は規律の前提を失ってしまいます。115条はどのような内容となるべきなのでしょうか。
2017年7月に開催された厚生労働省の審議会では、「民法の消滅時効の規定が整理されることに伴い、当該規定の特例である労働基準法115条の賃金再検討に係る消滅時効についても、その在り方の検討を行う必要がある」(労働政策審議会・労働条件分科会第137回資料2‐2)との指摘がされており、まさにこの点が今後検討されると予想されます。
賃金債権に係る消滅時効の規定がどうなるか、今後の議論が注目されます。