いわゆる消費者向けビジネス、BtoCビジネスで起業を考えているという若手起業家のKさんから、「上場を視野に入れられるステージを当面の目標にしていきたいので、起業に際してのアドバイスをしてほしい」と、連絡をもらいました。
彼にどのようなアドバイスをしてあげようかと考える中で、10年ほど前、旧知のT氏の紹介で知り合い当時家庭用洗剤の通信販売というBtoCビジネスで一世を風靡していたM社長のことを思い出し、T氏に電話しました。
熱しやすく冷めやすい消費者気質
「M社長はその後お元気ですか?あの洗剤の名前もめっきり聞かなくなったように思うのですが、その後どうされていますか」
すると、T氏は「大変お元気ですよ。ちょうど来週社長に会う予定があります。近況交歓が主目的ですから、ご一緒されますか」と。BtoCビジネスで大ブレークしたM社長のその後のお話が聞きたく思った私は、彼に同行させてもらうことにしました。
久しぶりにお目にかかったM社長は70歳を越えられたそうですが、まだまだ現役経営者という元気さに満ち溢れている、そんな印象でした。再会のご挨拶を終えると、さっそく私の関心事について尋ねてみました。
「洗剤ね。もちろん売っています。売り方は変えましたが、順調ですよ。箱入り洗剤の姿を通販番組とかで見なくなったからなのか、失敗して倒産でもしたのじゃないかと思われる方も多いようで、同じように『その後大丈夫ですか?』と聞かれることは多いですがね」
M社長はそう言うと、豪快に笑い飛ばしました。
社長の話を総合すると、当初は大手が競合相手になる洗剤業界では流通ルートに乗せてスーパーやドラッグストアで戦うのは難しく、テレビの通信販売に特化して売ってきた。有名人の口コミが雑誌やネットで多数取り上げられ、突然のブーム到来。しかしブームは長続きせず、販売体制を拡充させ、製造元への発注を大幅拡大させたところで急激に下降線を辿ったとのことでした。
「消費熱は上がるのも早いけど下がるのはもっと早い。急激なブームで品薄になり増販体制を急いだものの、十分に売り切らないうちにブームがしぼんでしまったので、新たな投資がほとんど功を奏さずに終わってしまいました。ブーム当初の売上を溜め込んでいたのでなんとかなりましたが、そうでなかったら倒産してましたね。対消費者商売のおもしろみと怖さを同時に味わったわけです」
その気にさせないで!
似たような話は、飲食店経営などでもあります。銀行時代のことです。神奈川県でイタリアンレストランを始めたH社長。本業は先代から引き継いだ住宅建材卸ですが、どうしても長年の夢だった飲食店経営に乗り出したいと、周囲の反対を押し切って始めたのです。 立ち上がりは投資額も大きく赤字続きだったものの、2年ほどして折からのイタリアンブームがあり急激に売り上げを伸ばして、一躍行列ができる繁盛店になりました。
「これはイケる!」とばかりに、銀行借入で2号店、3号店を相次いでオープン。ところが、ブームの沈静化とともに売り上げは下火になり、結局銀行の指導で店はすべて閉店して借金だけが残りました。堅実経営の本業での蓄えがなければ、確実に倒産していたでしょう。
その当時、知り合いの老舗繁盛店を経営するベテラン飲食店主にこの話をすると、こんなことを教えてくれました。
「そんなのは日常茶飯事です。消費者相手の商売というのは、反応が目の前で見える分だけその気になりやすい。ちょっと繁盛するとすぐイイ気になって、まだまだイケると2店目、3店目を出したくなるのです。でも早晩消費者に飽きられる。消費者の気まぐれを実力と勘違いしてしまうのです。1店舗なら乗り切れるピンチも複数店舗では無理。その方みたいに別に本業があればともかく、拡大して飽きられたら大抵はジ・エンドです」
消費者向け商売におけるビジネス拡大の難しさを、如実に物語るお話でした。
さて、先の洗剤販売のM社長、消費者向け商売の怖さを知り、その後は安定的なビジネスに方向転換して堅実に稼いでいるそうです。
「本当に怖い思いをしてからはどうしたものかと考えて、一たん店じまいをして消費者向け以外の洗剤の販売ルートを模索しました。そうこうするうちに、歯科医師が求めている抗菌洗剤にうちの商品が合致することがわかり、歯科医師向け専門仲介業者ルートで全国の歯科医院向けに販売をしてもらうことになったのです。これは長期安定ビジネスです。消費者向けビジネスは本当に難しい。これが私の結論です」
若手起業家のKさんとは来週会う予定です。BtoCビジネスでの事業拡大が、すべてうまくいかないわけではりませんが、これらの話を通じてBtoCビジネスの魅力とその裏にある難しさを、十分にお伝えしようと思っています。(大関暁夫)