「ありがとう」を見える形で示す ディズニーにみる「相互感謝」の精神

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   経営者の方々がその半生を振り返る日本経済新聞朝刊の連載「私の履歴書」は、世の名経営者たちの素顔を知る、毎朝の小さな楽しみでもあります。

   5月の1か月間は、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド会長兼経営最高責任者(CEO)の加賀見俊夫氏でした。連載を読み進めるうちに、奇しくも氏が中学・高校の先輩であることを知り、その頑固で一途な振る舞いは同じ学び舎で育まれたであろう同じDNAを感じさせ、親近感を覚えつつ楽しく読ませてもらいました。

  • マネジメントの基本「相互感謝」は高校時代に培った
    マネジメントの基本「相互感謝」は高校時代に培った
  • マネジメントの基本「相互感謝」は高校時代に培った

「サンクスデー」にしみ込む「加賀見イズム」

   オリエンタルランドが、日本の他のどの企業とも違うと思わせる理由は、いったい何なのだろうか――。これは私が長らく疑問に思っていたことでありました。私の想像では、ディズニーランドの本国アメリカの施設運営の考え方に根ざしているのだろうとばかり思っていたのですが、連載を読み進めるうちに必ずしもそればかりではない、いやむしろ日本独自の加賀見氏の経営理念に基づくものこそがその根底にあるのだと、考えるようになりました。

   その象徴的な存在が、毎年1回ディズニーリゾート内で、夜間貸切で開催されるイベント、その名も「サンクスデー」です。「サンクスデー」はオリエンタルランドの役員や社員が、日頃の感謝も気持ちを込めて、準社員として日々ゲスト(来園客)のおもてなしに腐心している約1万6000人のキャストたちをもてなす、という一大イベントです。

   役員も社員も普段のスーツ仕事を脱ぎ捨て、この日はキャストやキャラクターのコスチュームを身につけるなどして乗り場を案内をしたり、レストランで給仕をしたり、写真を撮ったりと、おもてなし役に徹するという特別な日なのです。

   言ってみれば、日頃の感謝を形で示す、そんな経営者・加賀見氏の思想を具現化した粋なイベントなのです。

   それだけではありません。普段でも園内を歩く役員、幹部がキャストのおもてなし行動を見て「これは素敵だな」と感じた場合にはサンクスカードを手渡し、そのカードをもらったキャストは定期的に開催されるパーティーやイベントに招待される制度もあるとか。

   さらには、全役職員間でお互いをほめ合うメッセージカードの交換制度もあり、いろいろな場面で努力した人、貢献した人に、匿名でほめ言葉とありがとうの気持ちを伝えることが日常的におこなわれ、組織内で定着しているのだと言います。

基本にあるは「感謝」

   以前、地方都市で仕事をした際に、大変お世話になった料亭の若女将の立ち振る舞いにいたく感動したことがありました。こちらのその時々で異なるさまざまなわがままに、嫌な顔ひとつせず応えてくれたこと。事あるごとに、「ありがとうございます」の気持ちを私や会社や私がお連れしたお客様にまでも伝えてくれる、メッセージや心遣いの数々。なぜ一地方都市の飲食業で、ここまで優れたおもてなし対応ができるのかと不思議に思ったものでした。

   ある時、若女将にどこでそれだけのおもてなしを身につけられたのですか、と尋ねたことがありました。すると、「私は独身時代に東京ディズニーランドに勤務して、そこでサービスの基本を学ばせてもらいました」との答えがありました。

   ディズニーランドでは、そんなに素晴らしい社員教育がされているのか、と感心したものです。連載を読んで、やはりその根底には経営者である加賀見氏の思想が脈々と息づいていたのだなと、改めて思わされました。

   加賀見氏のマネジメント思想の基本にあるものは「感謝」です。特に「相互感謝」。その起点になる上からのごく自然な「感謝」の気持ちが、周囲を明るくし、楽しくし、やる気を出させている。

   そんなプラスの好循環が東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドを他にはない特異な組織に作り上げ、さらには園内のキャストやスタッフの心からのおもてなしという形になって現れているのだと、つくづく感じさせされるところです。

母校で身に付けたマネジメントの基本

   余談ではありますが、加賀見氏と私の母校で年間行事の中心にあるのが、高校3年生が中学1年から高校2年生までを仕切り、1年間かけてすべての運営を自主的におこなう大運動会です。高校3年生8つのクラスが対抗し、傘下に入る下級生学年の競技指導、戦略立案などをおこないます。

   言ってみれば高校3年生を頂点とした、他校ではあまり見ることのない全学年規模のピラミッド管理組織運営がそこにはあるのです。

   冒頭でお話した、頑固で一途な振る舞いのDNAは、おそらくはこの母校の運動会の組織運営で身に付けたものであると言っていいと思います。そして、この運動会にはもう一つ特筆すべきことがあります。高校3年生の指導の下で闘った各学年が、闘いを終えて自軍に戻ると、彼らを迎えてくれるのが、鬼の先輩からの「ありがとう」のエールなのです。

   勝っても「ありがとう」、負けても「ありがとう」。私は1年生の時に1回戦負けして、それまでの練習時と同じく厳しく叱咤されることを覚悟で自軍に戻ったとき、この温かい出迎えに感激しました。

   さらに、最後に高校3年生が闘いを終えて戻ると、今度は後輩である高校2年生が自発的に音頭をとって「ありがとう」のエールを先輩たちに贈るのです。これには高校3年生の誰もが、涙を抑えることができないほどの感動を覚えます。

   まさに「相互感謝」。未来永劫続く先輩後輩の固い絆はこうして確立されます。加賀見氏の素晴らしいマネジメントの基本である「相互感謝」は、高校時代の運動会の組織運営で身に付けたものに違いないでしょう。

   経営者が「相互感謝」の気持ちを持つことで、組織は明るく活気にあふれ、つながりが強固になり、社員にはやる気が出てきます。「相互感謝」の基本は、上に立つ者がしっかりそれを見える形で示すことなのです。

   加賀見氏のディズニーランド・マネジメントには、中小企業経営にも役立ち、かつ誰にでもできるヒントが満載であると思った次第です。(大関暁夫)

キャプション マネジメントの基本「相互感謝」は高校時代に培った
大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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