交流フォーラムを主宰、隔月で定期的に開催しています。3月開催のテーマは、「おカネの借り方、集め方最新事情」。毎回50人を定員としているこの会が、今回は定員大幅超過で急遽、席の増設を迫られる大盛況でした。
経営者の皆さんがいかにおカネに関することでお悩みかを、垣間見た気がしました。
S社長が感じた役人からの「皮肉」
ビジネスに関するおカネがテーマということで、元銀行員として現在全国の地域金融機関を回ってアドバイザリーをしている立場から、私も登壇しました。「銀行借入最新事情」なる演題で少しだけお話させていただきました。
冒頭でお話したのが、金融庁が新たに打ち出した「日本的金融の排除」について。決算書の数字がよくて、かつ担保と保証がなければなかなかおカネを貸してくれない。今の銀行の融資姿勢を当局なりに揶揄した表現です。
では「日本的金融の排除」方針を受けて、借りる側はどう対応すべきなのか――。そこが私の演題のポイントでした。しかし、終了後の懇談で意外な展開がありました。ある聞き手の方には、この「日本的金融の排除」という考え方そのものが思いもよらぬ形で刺さっていたのです。
「本日うかがった金融庁のお話は、実は役人の皆さんから世の経営者に対しての、『日本的経営の排除』という言葉を借りた皮肉なんじゃないかと思いました」
ITプログラミングを主業とした企業を15年以上にわたって経営しているS社長が、意外な言葉で切り出してきました。
銀行の融資先評価と、経営者の社員への評価は似ている
S社長は2000年に脱サラ起業し、当時仕事で付き合いのあった技術者数人と会社を設立。起業当初は誰にも実績がなく、やみくもな総力戦で技術力を磨き、新たな開発に取り組み、売り込みをかけ、仕事を次々取ってきたのだと言います。
「当初の5年間はまさに日の出の勢いで、業績を伸ばしていきました。ところがそこから安定成長に入ってしまったのです。常に増収増益でつぶれる心配などありませんが、かと言って初期のような目覚しい伸びもない。悪く言えば倦怠期です。今までその原因が分からずにいたのですが、今日の『日本的金融の排除』の話を聞いて、スタッフの実績を重視した評価と保守的な人事配置に問題があるのかもしれないと、思ったわけです」
私が少し不思議そうな顔をしていると、S社長はさらに続けました。
「銀行が融資先を評価する姿勢というのが、我々経営者が社員を評価する姿勢にすごく似ている気がするのですよ。社員を実績重視で見る。安全性を優先した人事配置を考える。理にかなっているようでありながら、よくよく考えてみるとものすごく保守的じゃないですか。銀行は信用第一だから止むなく守ってきた保守姿勢かもしれませんけど、結果として没個性で爆発的な成長可能性を全く感じさせない業種になっています。 そんなわけで、『日本的金融の排除』という言葉からは自分に対する批判を感じずにいられないのです」
と。
優秀な経営者の条件
日本の銀行は世界的に見るとかなり特殊な存在です。長らく金融秩序の安定化を第一義とした護送船団方式という保守的な金融行政に守られて、規制にがんじがらめ状態に縛られ没個性を余儀なくされました。
本当にどこの銀行も銀行というイメージ以外に個性が浮かんでこない、それが当たり前になっていました。ところが規制緩和や自由化が進む中で今、元気と言える銀行は、いち早く欧米に習って個人マーケットに注力した一部の地方銀行であったり、店舗を持たないネットバンクやコンビニバンクであったりする個性派たちなのです。
S社長は、そんな銀行界に対して「保守姿勢を捨て、生き残りを賭けて個性を磨け!」と言ってはばからない金融庁の物言いを、そのまま自社の伸び悩み打開策に当てはめて考えていたのです。
なるほど言われてみると、銀行に限らずどこの業界でも「保守策→没個性→ジリ貧」という構図は成り立つように思います。なぜS社長は、私の銀行改革の話からそこに気がついたのでしょうか。
たとえば、「今日はいつもの通勤路で、黄色を基調に使った看板がどのくらいあるか探してみよう」と思って見ていくと、普段は見落としている意外な看板を発見するという現象のことを、カラーバス効果と言います。T社長が自社には関係ない銀行改革の話から自社に関する改善ヒントを見出したというのは、常に自社改善のヒントが何かないかと思いながら人の話を聞いているからこそ気がついたカラーバス効果であると言えそうです。
「S社長は本当に優秀な経営者です」。氏を知る経営者仲間の方々は誰もが口を揃えて言うのですが、その「優秀」の意味が理解できた気がしました。問題意識、改善意識を常に忘れない姿勢を保てるか否かが、優秀な経営者の条件なのかもしれません。「今日は大変いいお話をありがとうございました」。満足気な表情で少し早めに会場を後にしたS社長の後ろ姿を、そんな思いで見送りました。(大関暁夫)