東京のJR山手線の網棚に荷物を置き忘れた。
電車から降りてすぐに気づき、駅員に届けようとしたが、思い直した。山手線は1周1時間で同じところをくるくると回っている。この電車も普通なら1時間後、また同じ駅にやってくるはずだ。
ここでじっと待っていれば、忘れ物も戻ってくるのではないか。駅員に迷惑をかけることもない。荷物は友人からもらったサツマイモの類である。
札幌の地下鉄にはない
1時間後、サツマイモは網棚の上に鎮座したまま現れた。一見して持ち主のない荷物なのに、誰も乗務員や駅員に届けなかったのだ。
それはそれで、なにやら物騒な気がするが、一方で電車には忘れ物が少なくない。そして、圧倒的に多い忘れ物の居場所はやはり網棚だろう。膝の上に置いていた物、あるいは床に置いて両足で挟んでいた物――それらを忘れる乗客はそうはいないはずだ。もし網棚がなかったら、忘れ物は激減するのではないか。
山手線や、僕がよく乗っている東京の地下鉄、郊外電車には、いずれも鉄パイプなどでできた立派な網棚が設けられている。だけど、僕が見た限りでは、それを使っている人は、そんなに多くはない。むしろ、少ない。
ビールに枝豆じゃないけど、電車には網棚が欠かせない――。僕はぼんやりとそう思ってきた。でも、最近しばらく過ごした台北の地下鉄には網棚がなかった。そう言えば、たまに行く上海の地下鉄にもなかったはずだ。かの地にいる教え子に確かめると、「その通りです。私がよく行く広州、武漢、深セン、それに香港の地下鉄にもありません」。英国在住の知人に問い合わせると、ロンドンの地下鉄にもない。ニューヨークの地下鉄にもないと聞いた。日本でも札幌の地下鉄にはない。