東京・神保町に「未来食堂」という定食屋があります。店を一人で切り盛りしているのは小林せかいさんという若い女性。僕も、ときどきランチを食べに行きます。
厨房の仕事を最適化する
せかいさんは、大学を出てIT企業でエンジニアをしていましたが、小さな定食屋を開こうと思い立ち、タイプの異なる店で修業を積みます。ベテランの板前が仕切る「高級志向の残る飲食店」、大規模惣菜チェーン、家事代行、ファミリーレストランチェーン、大手定食屋チェーンなどで働き、料理の腕を磨くとともに、厨房でのあらゆる作業の最適化、システム化を徹底的に追求しました。
「親方の背中を見て学べ」式の職人かたぎよりも、アルバイトが初日から働けるチェーン店舗のマニュアルに価値を見いだし、厨房に立つ自分一人ですべての作業を効率よくこなすスタイルを確立し、その成果として食の「あつらえ」という心のこもった独自のサービスを実現しました。
日本の飲食業は労働生産性が低く、アメリカの3分の1ともいわれています。僕は、サービス産業が中心とならざるを得ないこれからの社会で生産性を上げようとするとき、せかいさんの考え方や行動がとても参考になると思います。
日本は鎖国以来同質社会が長く続き、互いの暗黙の了解が尊ばれてきました。たとえば、会社どうしのローン契約書でも紙切れ1枚、そこには「問題があれば双方が誠意をもって協議する」と書かれていました。「同じ日本人なのだから、無茶はするまい」という高のくくり方がありました。工場の生産現場では人が機械に張り付くために同質性や協調性が重視され、会議では異論を提出するよりも空気を読んだり、気を遣い合うことがよしとされました。工場モデルの時代はそれでよかったのです。実際、当時の生産性は世界有数の高さでした。
世界のスタンダードに合わせるほうが得
しかし、サービス産業が中心の社会になると、多様な人が多様なアイデアを出し合って価値が生み出されていくわけですから、暗黙の了解だけでは立ち行きません。事細かい説明が必要になってきます。
以前、僕が海外勤務をしていたときの話ですが、とある国の政府とローン契約を取り交わした際の契約書は50枚にも及ぶ分厚いものでした。こういう場合にはこうする、という取り決めがびっしりと書き込まれていました。そういう分厚い契約書があるほうが実は楽なのです。トラブルが起きた場合にもかえって安心です。
あるいは、きちんとしたマニュアルがあるほうが、「背中を見て学べ」よりも生産性が上がります。何か分からないことがあるたびに聞きに来られて、いちいちそれを教えているようでは生産性があがりません。
すでに世界の先進国はサービス産業が中心の社会に移行しており、分厚い契約書や詳細なマニュアルも「英語」と同じくらい世界的なスタンダードになっています。国と国との関係も、昔に比べるとはるかに密接になりました。日本だけが暗黙の了解ですませられる時代ではもはやなくなったのです。
日本の産業で、アメリカを超える世界水準の生産性を誇っているのは自動車と一般機械など、全体の1割程度です。残りの9割は世界のスタンダードに合わせて生産性の向上に努めるほうが得だということです。分厚い契約書、細かいマニュアルをとり入れるほうが、生産性が上がるのです。
暗黙の了解がコミュニケーション効率のよさを意味すると、日本人は錯覚しているのではないでしょうか。工場モデルで、人間がベルトコンベアに合わせて、何も考えずに黙々と働く環境であればそれでよかった。しかし、アイデアを競う社会では通用しません。人々は頭を使わなければなりません。広い意味でのコミュニケーションのあり方を抜本的に見直す必要があると感じています。(出口治明)