夕暮れ、ビアホールでひとり機嫌よくジョッキを傾けていた。誰からも邪魔されない至福の時である。生きていてよかった。周りのざわめきさえもが心地よい。わが身は極楽浄土にいるようだ。
突然、やや離れた、僕からは見えないところで異様な音がした。何ごとだろうか?
気分は極楽浄土から地獄へ
首を伸ばしてのぞくと、50歳がらみの男が鼻をかんでいる。1回、2回、3回......なんとも形容しがたい、おぞましい音がビアホールに響く。僕は極楽浄土から地獄に引きずりおろされた気分になった。
日本企業に勤める中国人女性が会社を辞めたいと言う。えっ、これまでは仕事が楽しいと言ってたんじゃないの? そう尋ねると、
「仕事自体は楽しいのだけど、隣に座るようになった若い日本人女性には我慢がならないの。大きな音を立てて絶えず鼻をかむ。鼻をかむこと自体は仕方がないけど、その時には席をはずすとかしてほしい。中国ではあんなこと、絶対になかったわ」
以前、中国の「人民日報」の日本語版を読んでいたら、「日本ではラーメンを食べる時と鼻をかむ時には、音を立ててもいい」という記事が出ていた。えっ、日本そばを食べる時は音が許されるというのは、僕もかねがね聞いている。だが、ラーメンもだとは知らなかった。でも、人民日報は日本そばとラーメンを混同しているのかもしれない。いずれにしろ、両者は親類のようなものだから、まあいい。
しかし、日本では鼻をかむ音がOKとは初耳である。なのに、人民日報は「鼻をかむことに対する日本人の寛容度は高い。人前でやっても、他人から粗暴だと思われることはない」とまで書いている。