その9「人前での鼻かみ」 【こんなものいらない!?】

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   夕暮れ、ビアホールでひとり機嫌よくジョッキを傾けていた。誰からも邪魔されない至福の時である。生きていてよかった。周りのざわめきさえもが心地よい。わが身は極楽浄土にいるようだ。

   突然、やや離れた、僕からは見えないところで異様な音がした。何ごとだろうか?

  • 「鼻紙」ではなく「花紙」と思えば、鼻のかみ方も少しは優雅になるのではないだろうか
    「鼻紙」ではなく「花紙」と思えば、鼻のかみ方も少しは優雅になるのではないだろうか
  • 「鼻紙」ではなく「花紙」と思えば、鼻のかみ方も少しは優雅になるのではないだろうか

気分は極楽浄土から地獄へ

   首を伸ばしてのぞくと、50歳がらみの男が鼻をかんでいる。1回、2回、3回......なんとも形容しがたい、おぞましい音がビアホールに響く。僕は極楽浄土から地獄に引きずりおろされた気分になった。

   日本企業に勤める中国人女性が会社を辞めたいと言う。えっ、これまでは仕事が楽しいと言ってたんじゃないの? そう尋ねると、

「仕事自体は楽しいのだけど、隣に座るようになった若い日本人女性には我慢がならないの。大きな音を立てて絶えず鼻をかむ。鼻をかむこと自体は仕方がないけど、その時には席をはずすとかしてほしい。中国ではあんなこと、絶対になかったわ」

   以前、中国の「人民日報」の日本語版を読んでいたら、「日本ではラーメンを食べる時と鼻をかむ時には、音を立ててもいい」という記事が出ていた。えっ、日本そばを食べる時は音が許されるというのは、僕もかねがね聞いている。だが、ラーメンもだとは知らなかった。でも、人民日報は日本そばとラーメンを混同しているのかもしれない。いずれにしろ、両者は親類のようなものだから、まあいい。

   しかし、日本では鼻をかむ音がOKとは初耳である。なのに、人民日報は「鼻をかむことに対する日本人の寛容度は高い。人前でやっても、他人から粗暴だと思われることはない」とまで書いている。

岩城 元(いわき・はじむ)
岩城 元(いわき・はじむ)
1940年大阪府生まれ。京都大学卒業後、1963年から2000年まで朝日新聞社勤務。主として経済記者。2001年から14年まで中国に滞在。ハルビン理工大学、広西師範大学や、自分でつくった塾で日本語を教える。現在、無職。唯一の肩書は「一般社団法人 健康・長寿国際交流協会 理事」
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