プロ野球北海道日本ハムファイターズが2016年秋、日本シリーズを制した際に栗山英樹監督の話を当連載で取り上げました。栗山監督は、そのリーダーとして資質の高さからマネジメントの観点で引き続き注目すべき存在なのですが、今般、一年を振り返っての著作『「最高のチーム」の作り方』を出されたので、早速読んでみました。
監督は裏方まで活躍ぶりを紹介
内容は、不可能を可能にした昨シーズンの振り返りと、逆転勝利した日本シリーズのポイント解説が二本柱。このあたりの話は拙稿で取り上げたものもあり、ここでは割愛します。
私がこの本で、栗山監督のリーダーとしての素晴らしさを改めて感じたのは、主力20選手と主要コーチ陣、裏方さんの一人ひとりについて実名を挙げながらその活躍ぶりを紹介している第五章でした。それぞれが優勝にどのように貢献したか、エピソードを交え感謝を込めて振り返っている最終章です。
この章を読みながら、実は私は、以前聞いたある伝説的リーダーのエピソードとあまりに酷似していることに驚いていたのです――。
私が全銀協に出向していた1990年代後半、S銀行で新たに役員になったM取締役が、各銀行からの出向者で構成されていた我々のプロジェクトチームの陣中見舞いに来て、一人ひとりに激励の声をかけてくれました。銀行員らしからぬ腰の低い対応に私は驚き、S銀行の出向者Oさんに「とても感じの良い方ですね」と感想を漏らすと、「私は直属の部下でしたが、本当に素晴らしい上司。頭取になってほしい方です」と言い、ひとつのエピソードを話してくれました。
打ち上げで全行員に感謝の言葉を
M取締役は、支店長時代、毎期期末の打ち上げを店内の全行員を集めて行うのだそうです。その会を催す目的は、半期の労をねぎらうことにあるのですが、単に食べ物、飲み物を用意するだけでなく、毎回支店長が自らの言葉で全行員とコミュニケーションをとるのがならいで、そこにその会の素晴らしさがあるのだとOさんは力を込めます。
「削減の時代にまだ50人も行員がいた大店でした。支店長だったM取締役は、副支店長以下役職者はもちろん、渉外、融資担当者から窓口、後方事務担当の女子行員に至るまで、一人ひとりについて具体的な話を織り交ぜながら支店運営への貢献をねぎらい、皆に聞こえるように感謝の言葉をかけてくれるのです。これには誰もが感激します。なぜ人がついてくるのか、一緒に働いてみてよく分かりました」
支店長のM取締役から課長への昇格辞令を受け、異動を告げられたとき、Oさんは期末の打ち上げに込められた真意を次のような言葉で知らされたといいます。
「人間は誰しも、相手の自分への貢献よりも自分の努力のほうを高く見積もる傾向がある。相手に対する自分の努力度合いばかりを意識することなく、相手の自分に対する貢献度合いをしっかりと振り返りなさい。行員にも、お客様にも、です。言いかえれば、誰に対しても常に感謝の気持ちを忘れないということ。それが信頼されるリーダーになる近道ですよ、と」
「してあげたこと」は多いが
この「相手の貢献よりも自分の努力を高く評価しがち」という人間の性向は、心理学でいうところの「責任のバイアス」というものにあたります。実験でも、付き合っているカップルのそれぞれに、お互いが「してあげた/してもらった」具体的な貢献を挙げさせたところ、平均して、自分が相手にしてあげたことは約11個書けるが、相手が自分にしてくれたことは約8個しか書けないという結果が出ています。
自分の相手に対する貢献度を意識する前に、相手の自分に対する貢献ポイントを見つけて感謝の意を伝える。世のリーダー方には、簡単にできて必ず役に立つ組織活性化、人間関係活性化の秘策となること請け合いかと思います。この話を思い出させてくれた栗山監督のリーダーとしての人事掌握術にも、この要素が含まれています。選手もスタッフも監督の著書を読んで、「今年も監督を胴上げできるように頑張ろう」と心から思うはずです。
残念ながらM取締役は、その後健康を害されて志半ばにして退任されたと聞きましたが、Oさんは順調にキャリアを重ねて、現在は都内の大店の支店長をされているそうです。今もM取締役の教えを守って、師の後を継ぐ人望厚いバンカーとなっているにちがいないと思っています。(大関暁夫)