人の変革に専心して
ひとつのヒントとして思い浮かんだ事例があります。官僚的組織管理がある程度根付いた上場企業でありながら、企業存続が危うくなり、必要に迫られて待ったなしの社内変革を実行し、見事に新軌道に乗せたという企業経営事例です。
精密機械製造業として新興市場に上場していたN社。主に光学機器メーカーへの精密部品供給を行ってきましたが、リーマンショックのあおりを受けて極度の業績不振に陥ります。オーナー社長のK社長は、自社の技術力をもってすれば医療機器業界への新規参入によって生き残りが可能だと判断し、幹部や周囲の反対を説き伏せ思い切った軸足の移動にカジを切ったのです。
社内の主な反対理由には、同じモノづくりでも参入する医療機器業界は人の命を預かる事業であり、生半可な覚悟では取り組めないというものがありました。さらには、現状の企業文化のままで医療業界から求められる使命感や緊迫感に耐えられるのか、と。
しかしK社長の決意は、そのあたりの懸念を寄せ付けないほど頑強なものでした。
「何としてでも会社と社員を守らねば」
K社長はその思いを社員にストレートにぶつけた、と当時社長の懐刀だったY元専務が述懐してくれました。組織風土まで変える必要に迫られた、この上なく難しい事業転換に成功した理由を元専務は次のように説明しました。
「すべては、経営者が自社の新たな人材観を明確に提示し、しつこいぐらいに刷り込み続けたことにあります。自社の危機的な状況を社員に包み隠さず伝え、今日からどういうスタンスで働いてほしいか、どういう人材であってほしいかを具体的に指示し、日々の仕事においてその実践を確認し続けたことで会社は生き残れたのです。小手先でこう変えろと指示するのではなく、仕事を変えるのも組織を変えるのもすべては人という大きな考え方を示し、徹底することで会社が変わりました。とにかく経営者が人の変革に専心したことは正しかったと実感しています」