父は言った、「よう考えや」と 派閥と派閥の間で戸惑う君も(江上剛)

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「職場で派閥と派閥のはざまにあります。どちらからも誘いはあるのですが、身動きできません」

   くだらない会社だな。退職したほうがいいんじゃないの。こんな忙しい時代に派閥争いをしたり、あなたを勧誘したり。おかしいでしょう。ぜったいダメになるね、あなたの会社。

  • 派閥専用のウイスキーには要注意!?
    派閥専用のウイスキーには要注意!?
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私にも苦労した経験がある

   でも理解できる面もある。私も合併銀行で苦労したからね。私はKYだったから、派閥もなにも気にしないで過ごしてきたけど、私の同僚は、まさにあなたと同じ悩みを抱えていた。

   私が勤務した第一勧業銀行(現みずほ銀行)は、第一銀行派閥と勧業銀行派閥がいがみ合っていた。ひどい支店や部署では食事もお互いの派閥同士、口も利かないありさまだった。

   これは聞いた話だが、ある部署に冷蔵庫があって、そこにウイスキーの瓶が保管されていたんだってさ。それは一方の派閥のウイスキーだった。それを別の派閥の人が飲み、減った分を自分の小便で満たしておいたって話があったくらいだ。さぞやひどい香りのウイスキーだっただろうね。

   私の同僚が勤務していた部署はトップとナンバー2がそれぞれ別の派閥だった。それぞれの派閥から誘いを受け、どっちに加入すればいいのか迷いに迷った揚げ句、体調を崩し、入院してしまった。退院後はあほらしくて考えるのをやめたそうだ。

   私も経験がないわけじゃない。本部のある部署にいるとき、私は上司が嫌いで昼食は先輩や同僚とばかり行っていた。すると上司に呼ばれて、こっぴどく怒られた。

   私が、上司と違う派閥の先輩や同僚とばかり食事に行くので腹が立ったのだ。延々と1時間以上も、上司は私に「なぜ自分と昼食に行かないのか。どうして私にお茶を淹れてくれないのか」と文句を言い、自分と食事に行かない理由を尋ね続けた。

   まさか「あなたが嫌いだから」とも言えないので私は黙ってうつむいていた。上司は、飽きることなく私を叱責し続け、「このまま私を無視していると、君の人事にも影響するからね」と脅してきた。それでも私は黙ってうつむいていた。

軍隊でのいじめに比べれば

   その夜、田舎の父に電話をして、上司に言われたことを話し、「もう、こんな銀行、辞めるわ」と言った。

   そうすると父は、「そうか。しかしなぁ、お前、なんぼ給料をもらってんねん?」と聞いた。私がいくらいくらだと答えると、

「茶、くんだくらいでそんなええ給料をもらえる会社はないで。よう考えや」

と言って電話を切った。

   軍隊で上官の理不尽ないじめに遭い、生爪を剥がされ、尻に大きく鞭の痕が残り、同僚の自殺を見ながらも、したたかに生き抜いてきた父にしてみれば、私の悩みなど小さなことだったのだろう。

   私は、上司に叱責を受けたことを職場の先輩に話した。すると先輩は、「くだらない派閥争いに若い者を巻き込まないでほしい」と上司に諫言してくれたのだ。それで上司はおとなしくなった。

   もしあなたの会社に私を助けてくれた先輩のような人がいたら、相談するといい。そういう先輩の一人もいないなら、そんな会社はさっさと辞めるか、私の父のアドバイスのようにしたたかに生きるべきだね。

   いずれにしても、どちらかの派閥に入るってことは自分の会社人生をその派閥の命運に委ねるということ。もし属した派閥が発展すればあなたは成功。衰退すればあなたは失敗。

   こんな丁半博打に賭けてみるのも、人生としたら、面白いかもね。(江上剛)

江上 剛
江上 剛(えがみ・ごう)
作家。1954年兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。同行築地支店長などを務める。2002年『非情銀行』で作家としてデビュー。03年に銀行を退職。『不当買収』『企業戦士』『小説 金融庁』など経済小説を数多く発表する。ビジネス書も手がけ、近著に『会社という病』(講談社+α新書)がある。
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