ジョブズを手本にスピーチ上達 「なりきり」テクは仕事に有効

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「ちょっと今日のお話の内容と関係のない質問をしてもよろしいでしょうか」

   私の営業セミナーを受講してくれた40代半ばの中小企業経営者Yさんがセミナー終了後、通常の受講者とは少し異なる質問を投げかけてきました。

人前で話をするのが負担に

あの人になりきって
あの人になりきって
「私は1年前に亡くなった父の後を継いだばかりの新米社長なのですが、12月に開かれる地元商工会の総会で『私の二代目会社経営』というテーマで1時間話をしてくれと頼まれてしまったのです。社員でさえ私の話を聞いてくれているのか、まだ自信が持てないのに......。困りはてて、今日はセミナー受講かたがたプロの話ぶりを学びたいと思って参りました。先生のような説得力のある話し方ができるよう、短期間に上達するコツを教えていただけませんか」

   聞けばYさんは、社長就任以来、経営者として話す機会が多くなっているものの、どうもうまく自分の言いたいことが相手に伝わっている感じがしないそうです。そんな気分が重しになって、最近では人と話すことそのものに自信がもてず、社員に向かって話すことさえ負担に感じつつあるのだとか。

   依頼されたスピーチは、今までにない大勢の人たちの前で話をする機会なので、できればうまく乗り越えて自信につなげたい。でも、逆にここで失敗したらもう社内ですら話ができなくなってしまうのではないか、大変心配なのだと。

   それで人前で話すことを生業としている私に、初対面ながら思い切って悩みを打ち明けたということなのでした。たまたまYさんの会社が私の会社から遠くなかったので、講演のリハーサルにお付き合いしてさしあげることにしました。

ぎこちなく、視線も泳ぎがち

   1週間後、Yさんの社長室で2人きりのリハーサルを始めました。用意された原稿を見ながら10分ほど話していただき、その様子をスマホで動画収録しました。一聴して、話の内容については、ロジックもしっかりしているし流れもあり、理解しやすいと感じられました。

   一方、パフォーマンスとしては、物足りないものでした。多少の身振り、手振りはあるのですが、ぎこちなく、視線も泳ぎがち。言葉は語尾が聞き取りにくく、聞き手の耳に届く前に墜落してしまっているような印象を受けました。総じて「デキる経営者」の落ち着きや自信が伝わってくるようには思えませんでした。ビデオで確認したご本人も、そうした点を強く感じ、余計に自信を失ってしまったようでした。

   そこで私はひとつ質問をしました。「自信に満ち溢れたデキる経営者、あるいは『デキるリーダー』といえば誰を思い浮かべますか」。Yさんは迷うことなく、「スティーブ・ジョブズ!」と答えました。

   ジョブズといえば、米アップル社の創業者の一人。この若くして他界したカリスマは、「プレゼンテーションの神様」ともいわれ、抜群の説得力で人を引き込むそのスピーチは、もはや伝説と言ってもいいでしょう。

   Yさんから見た「自信に満ち溢れたデキる経営者」像がジョブズであるとハッキリしているなら、話は早い。私は、動画サイトにあるジョブズのプレゼンテーションを何本か一緒に見てみましょう、と社長に提案しました。

気持ちでなりきってみましょうよ

「ジョブズを真似しろと言われても、それは到底無理ですよ」
「もちろん分かっています。真似なんかできませんけど、とりあえず見てみましょう」

   タブレットに映し出された映像を見て、ジョブズの身振りのどこが自信にあふれて見えるのか、自分の映像と比べて違うのはどこか、Yさんに具体的に述べてもらいました。すると、

「声に強弱があり、力強い。時にスピードも変わり、話す間もとっている。ポイントで効果的な身振り、手振りが入る。そして、聴衆をしっかりと見ている......」

   私はすかさず、

「真似するのではなく、その違いを踏まえて気持ちでジョブズになりきってみましょうよ」

と語調を強めました。

   Yさんはしばらく考えてから、リハーサルを再開しました。最初のうちこそ、ぎこちない感じが拭えませんでしたが、繰り返し練習するうちに、声も末尾までしっかり出てメリハリもつき、目線は前をちゃんと向き、身振り手振りもしだいに板についてきました。

   その何度目かを私が録画し、本人に見せると、

「めざすスタイルを実現している人をイメージして行動してみるだけで、だいぶ自信をもって話せているように感じます。多くの人の前で話をすることが楽しみになってきました」

とかなり自信をつけてくれたようでした。

   営業も同じ。セールストークに自信がない営業マンは、「できる営業マン」をイメージしてその人なりきってみれば、きっと相手の反応は違ってくるでしょう。社長という仕事も、自分の「デキる社長」像をイメージして、その人になりきって自信をもって行動し、社員に語りかければ、伝わり方は確実に違ってくるのです。

   Yさんは、12月の商工会総会を機に人前で話すことへの自信を確かなものにし、それ以降は社長としても自信に溢れた話しっぷりで皆を引っ張れるようになるだろうと思います。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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