僕は会社員時代、ずっと社宅住まいでした。ライフネット生命を起業するので「辞めます」と会社に告げたら、「君、家はどうするのや」と言われ、あわててアパートを探しました。
なにしろ社宅は会社に近く、仕事のあと飲んで帰るには好都合。「持ち家と賃貸とどちらが得か」という議論はあるでしょうが、僕は社宅で十分満足していました。
「神話」が今なお生きている
マイカーは、ロンドン勤務のときまでは使っていましたが、東京に帰ってきたときに手放しました。東京は車庫代が月3~4万円と高く、地下鉄やタクシーを利用するほうが安い。車を持たなくても不便を感じることがありません。
新規に住宅を購入して35年ローンを組む、そんな国はめったにありません。日本人全体がそれを当たり前とする価値観、一つの常識に囚われすぎているのではないでしょうか。別の言い方をすれば、高度成長時代の「乗数効果」の神話が今なお生きているように思います。政府が住宅に投資をすれば、国民所得が上がり、消費が増えるという波及的な好循環が起こるという考え方に、いまだに固執しているようです。外国の友人は、空き家が800万戸もあるのだから、優遇税制は中古住宅の取得に限定・集中したら、と言っていますがその通りだと思います。
住宅ローンは本当に必要なのか、一回ローンを組むと転職が難しくなるのではないか、公営住宅でも民間の賃貸住宅でもいいのではないか、そのように常識を一度疑ってみることも大事だと思います。
概してわれわれは、社会の常識を疑う力に乏しいようです。物事の本質をよくよく考えてみようともせず、前例主義に流されがち。そこが問題です。
たとえば、女性が働きやすい社会をつくるという課題についても、常識に囚われず、もっと自由に議論を交わすべきだと思うのです。ちなみに僕は、「男女に差はない。むしろ男性は筋力で上回るぐらいで、あとはたいてい女性のほうが優秀」という考え方をしています。当然、優秀な人には働いてもらって、自分の力を発揮してもらったほうが社会全体のためになる、という立場です。
働くことが自由を担保する
講演会である女性から質問を受けました。「女性が働く意義は何ですか?」と。僕は、「自分の自由を確保することです。極論ですが、理想のパートナーがある日突然DVをふるうようになったとします。働いていれば、いつでも家を出ることができますが、働いていなかったらその自由を得るまで多少の時間がかかります」と答えました。
半年ほどして、その女性に再び講演会でお会いしました。彼女から、「あの日、講演会から戻って、DVから逃れるため家を出ました。背中を押していただきました」と聞かされました。ウソのような本当の話で、僕もびっくりしたのですが、働くことが自由を担保するのです。人生の選択肢を増やすのです。
かつての「飯・風呂・寝る」の男性サラリーマンを主婦たる妻が支える構図は、工場中心の長時間労働モデルがもたらしたものです。そんな長時間労働が当然の状況に女性が放り込まれたら、よほどのスーパーレディーでない限り勤まりません。
そもそも日本人は年2000時間働いて、夏休みは1週間、その結果としての経済成長率は年0.5%程度。一方ヨーロッパは、年1500時間働いて、夏休みは1か月、経済成長率は1.5%程度です。僕たちは、だらだら仕事をする長時間労働の現状を変えなければなりません。
夜遅く家に帰って疲れも取れないまま朝を迎えるのでは、元気が出るはずがありません。早く帰宅し、十分リラックスして、人・本・旅で勉強し、翌朝始業時に元気なアイデアを持ち寄るようでなければ、職場も元気にならないでしょう。「時短」こそ、今われわれが本気で取り組まねばならないテーマなのです。(出口治明)