過労死がいつまでもなくならないわけ 電通の事件を考える

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   月100時間を超える残業を続けた若手社員の過労自殺を巡り、厚労省が電通に強制捜査に入った。複数拠点に90人ほどの職員が捜査に入り、複数の幹部社員の事情聴取まで行っているというから、これは異例中の異例のことだ。ここまでやって手ぶらで終わるとは思えないので、最終的には幹部の刑事告訴までいくのではないか。

長時間残業自体は問題とされていない

電通過労死問題の本質は「残業させすぎた」ことではない
電通過労死問題の本質は「残業させすぎた」ことではない

   その気合いの入れように、いよいよ政府も長時間残業対策に重い腰を上げたと期待する向きも多いようにみえる。

   筆者自身は、電通の幹部が捕まろうが告訴されようがどうでもいいが、ただ今回の強制捜査が長時間残業を抑止するかというと、むしろ逆効果だと考えている。いや、そもそも最初から政府にその気はないのかもしれない。重要な論点なのでまとめておこう。

   勘違いしている人が非常に多いのだが、今回、電通が強制捜査の対象となったのは「従業員をいっぱい残業させたから」ではない。「いっぱい残業させるうえでの手続きに不備があったから」である。だから、企業に対して残業を減らせというメッセージにはならないはず。

   では、今回の捜査から企業が受け取るメッセージとは何か。それは以下の2点だ。

   (1)もっと余裕をもって残業時間の上限を労使の間で取り決めておくべき

   電通は労組との間で「月の残業時間は70時間まで」という三六協定を結んでいたが、これは企業の間では非常に少なめの数字だ。普通の大企業なら100~150時間程度、多い企業では200時間近い上限を決めているところもある。変な話、最初から月150時間程度残業できるよう環境整備しておいた会社なら、法律には引っかからないということだ。

   今回の捜査は、残業時間の上限はもっと余裕をもって多めにしておけという強いメッセージとなるだろう。

   (2)基本給はもっと抑制しておくべき

   一般に、企業が残業を抑制しようとする場合、アプローチは2つある。1つ目は「〇〇時間以上は残業するなよ」とプレッシャーをかけるパターンで、電通のように結果的にサービス残業の温床となっていることが非常に多い。

   もうひとつのアプローチは、基本給やボーナスを低く抑制し、残業代は、働いた分はきっちり支払うが、トータルの人件費は枠に収めようとするものだ。

   今回の捜査は、1つ目のアプローチから2つ目のアプローチに移行しろという強烈なメッセージとなるだろう。前者のアプローチなら残業を抑制しようというインセンティブが一応は働くが、後者のアプローチでは、逆に「もっと残業しないと従来の生活水準は維持できない」というインセンティブを従業員に与えてしまうことになる。

改革のゴールとは真逆のもの

   まとめると、今回の捜査は、企業には長時間残業を可能とする環境整備を、労働者にはより長時間の残業を促してしまうリスクが非常に高いということだ。それは長時間残業の抑制という働き方改革のゴールとは真逆のものに筆者には思える。

   気になるのは、どうも今回の強制捜査の裏には、官邸の強い意向が働いている様子がうかがえることだ。

   電通という、高いネームバリューがありつつもたいして従業員の多くない企業は、点数稼ぎの相手としては非常に楽なターゲットだ。恐らくは、手間のかかる労働市場改革よりも、手っ取り早く得点の稼げる方法を選択したのではないか。

   「あの電通を強制捜査して幹部の刑事告訴に持ち込んだ」となれば、現政権に対して喝采を送る人が左右問わず一定数は存在するに違いない。

   もっとも、仮にそうだとしても、政府の進める一連の雇用改革に対する反対材料として本件に大々的に便乗している野党の側もとても褒められたものではない。

   本題を避けつつ、空疎なやり取りに終始する政治の姿に、いつまでたってもこの国から過労死を無くせない理由の一端を見たように思うのは筆者だけだろうか。(城繁幸)

人事コンサルティング「Joe's Labo」代表。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。ブログ:Joe's Labo
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