「いこじ」とは「かたくなに意地を張ること」。ときどき会議などで同僚の発言に「そんなに意地を張らなくても」と思うことはないでしょうか。人には、どうしても譲れない一線というのがあるようです。
「謎の体調不良で遅れます」
32歳のA君は、結構いい仕事をする中堅だが、自ら「いこじ」と称している。上司にも、同僚にも評判がいい。将来を嘱望されているので「次世代リーダー」の「課長補佐」になった。仕事は完璧遂行傾向で、課長に早く帰宅せよと言われても、「すみません、すぐ帰ります」と言いながら残業して頑張る。
しかし仕事をこなす能力は下がる。翌朝は、駅から「課長、すみません、謎の体調不良です。少し遅れます」というメールが入るようになった。課長は産業医に相談するよう勧めるが、かたくなに拒み、「いこじですから」。「謎の体調不良メール」が頻繁になって、やっと課長の勧めを聞き入れ産業医に相談してくれた。結果は問題なし。しかし、A君のように欠勤せずに頑張っても、体調不良では業務の能率に影響する。
「体調不良を自覚しながら出勤して仕事の能力が十分ではない状態」をプレゼンティーズム(presenteeism)といいます。体調不良を引き起こしている原因は様々です。持病、腰痛、過重な労働、人間関係のイザコザ、栄養不良、うつ病、睡眠障害などなど多岐にわたります。
また「個人差」や、置かれている「プライベート」な状況も入るかもしれません。A君の体調不良の原因は未解明なので、今のところ何とも言えませんが、このような状況で困っている人々は少なくないのです。
変化に慣れないうちにまた変化
カナダストレス研究所のアール博士は「ハイパーチェンジ時代にはストレスによるプレゼンティーズムが増加する」と指摘しています。ハイパーチェンジ時代は、変化が激しく、変化に慣れないうちにさらに想定しえない状況に遭遇することも多くなってくきます。そうしたフューチャーショックに遭うと「ストレス症状」が急激に増えてくると、アール博士は強く警告しています。
そのストレス症状は、大きく3つにまとめられます。
(1)先行き不安や怒り=ちょっとしたことでも怒りを覚える。嫌な経験をしたことを時々思い出し、夢を見るようになる
(2)人間関係が煩わしい=人と会うのが嫌になる。会合などに出るのが嫌で断るようになる
(3)激しい疲労=不眠や気分低下、体調不良が続き気力が減少する
こういう状態が続くと、会社に出勤しても健康問題のために労働遂行能力が減少している状態(プレゼンティーズム)が継続することになります。アール博士は、北アメリカの企業従業員の30%くらいがプレゼンティーズムにあると見ており、また、スウェーデンのある企業の調査では、半数がプレゼンティーズムだったといいます。
会社と個人で両輪の対策が必要
わが国のメンタルヘルスケアは、これまで欠勤や診断書の出された人のケア(事後対処方式)が中心でした。しかしストレスチェックが義務化されたこともあり、「未然防止(事前対処)」が求められ、「プレゼンティーズム対策」が不可欠になってきました。
そのためには、「会社としてなすべきこと」と「個人がなすべきこと」の、両輪の対策が必要です。
会社として重要なことは、個人の力ではコントロールできないストレッサー(stresser=ストレスをもたらす刺激)を、企業の安全配慮義務としてはっきりと認識し、環境改善や制度・ルールの設定で対処することです。さらに、会社の配慮だけでは十分でなく、コーピング(ストレス対処法)などについては、個人が努力すべき部分もあります。
プレゼンティーズム対策は、以下のことに注意しながら、社会全体で推進していく必要があると思われます。
(1)ワーク・ライフ・バランス=最近では水曜日を「ノー残業デー」とするなど、残業対策を行う企業が増えています。国民全体が「仕事と生活の調和」を実現できるように、企業の環境や制度を整えることが求められています。
(2)ワーク・エンゲイジメント=これは「仕事への肯定的感情」、すなわちやりがいや充実感などを持って仕事に取り組む、企業従業員の心の健康度を示す概念です。心の健康が実現するようにメンタルヘルスケアを導入することが求められています。ストレスチェック後のラインケア研修などを通じて職場への導入されます。
(3)セルフケア=ストレスは個人差がありますので、一人ひとりに個別のストレスコーピングが必要になります。企業によっては「セルフケア研修」を導入して従業員支援を実施しています。
仕事からもたらされるストレスにも個人差があります。同じ職場でも、全員がプレゼンティーズムにあるとは限りません。きめ細かい対応が求められるゆえんです。(佐藤隆)