大手企業に勤める女性社員の、過労死認定のニュースが大きく取り上げられ、その女性を批判した大学教授のコメントが大炎上したことは記憶に新しいですね。個人の考えや主張があることはもちろん否定はしませんが、あまりにも配慮に欠けた発言でした。これを機に、いつにも増して「残業」というものに対する議論が活発になっているように感じます。今回は、残業の中でも「同僚が定時でこなせる量の仕事が、残業しないと追いつかない場合」について、法律ではどのように考えられるのか見ていきましょう。(文責:「フクロウを飼う弁護士」岩沙好幸)
事例=無駄な残業に金は出せないと言われました
僕は中途採用で今の会社に入社し、同じ時期に入社した同期が一人います。僕と同僚の業務内容や量にほとんど差はありません。月に30時間ほど残業をしているのですが、先日上司から呼び出しがあり、「無駄な残業が多いから、同僚と同じように定時で退社するように。仕事が遅くて残業しても、残業代は出さないよ」と言われてしまいました。確かに、同じ量の仕事を同期入社の同僚は定時までに終わらせ帰宅しています。しかし、それは同僚が前職も同業だったためで、僕は全く違う業種からの転職だったので、同じ量の仕事をこなせと言われても無理だと思うのです。残業代が欲しくてわざと残業しているわけではないのですが、会社にそう判断されたら、残業代は出してもらえないのでしょうか?
弁護士回答=たとえスピードが遅くても労働時間にあたる
労働時間とは、使用者の指揮命令下で労働力を提供した時間のことです。そして、1日8時間、週40時間を超える労働時間については、会社は従業員に残業代を支払う必要があります。会社が制度上、残業を禁止していたとしても、客観的に見て会社の指揮命令下で労働していたといえるのであれば、労働時間となりますので、会社は従業員に残業代を支払わなければなりません。
今回の相談者は、転職したばかりで仕事に不慣れなため、帰る時間が同僚よりも遅いようです。もちろん、途中で寝ていたり職場を抜け出したりして仕事が遅いのであれば、その部分については労働時間にあたりません。しかしながら、相談者のようにきちんと仕事をしているのであれば、たとえ周囲よりスピードが遅かったとしても労働時間にあたり、残業代を請求することができます。
仮に、仕事が異常に遅かったり、何度指導しても業務内容が改善しない場合は、配置転換などで対応すべきであり、使用者の指揮監督下にある以上、残業代を払わないという理屈は通用しません。
残業しているにもかかわらず、残業代を支払わないのは許されません。しかし、従業員側に悪質な業務の怠慢があれば、会社側には減給などの懲戒処分といった方法も考えられます。過去の裁判例でも、再三の注意・指導にもかかわらず、業務態度を改めなかった労働者に対する解雇を有効としたものがたくさんあります。
法律上残業代が認められるからといって、ダラダラと仕事をするようなことは避けるべきですが、相談者は、多少時間がかかったとしても一生懸命仕事に取り組まれているようなので問題はないでしょう。会社から残業代を出さないと言われても、きちんと業務をしていること、同僚と業務量に差はなくともスキルに差があることなどを上司に伝えるのもよいかもしれません。
万が一、適切な指導や調整をしないまま、一方的に残業代の支払いをストップされるようなことがあれば、これは許されないことですので、弁護士などの専門家への相談をお勧めします。
ポイント2点
●会社が制度上で残業を禁止していたとしても、客観的に見て会社の指揮命令下で労働していたといえるのであれば、労働時間となり、会社は従業員に残業代を支払わなければならない
●仕事が異常に遅かったり、業務量の調整や注意・指導を繰り返しても業務内容が改善しない場合は、配置転換や減給などの懲戒処分といった方法で対処すべきであり、残業代を支払わないというのは法律上許されない