IT系のマーケティング・オペレーションで成長中のC社。ここ数年で売上げを大幅に伸ばしてきました。これまでは主に社長営業による大手企業の一本釣りで仕事を成約させてきました。しかしここに来て創業者であるH社長は、将来的な上場を視野に入れ、リスク分散と成長性確保の観点からマス向けのサービス・プログラムを開発し、年初から営業部隊を編成して大々的に販売戦略を再構築することにしたのです。
チーム結成半年で頓挫しかけ
C社の社員は総勢約50名。近年の急成長に合わせて、新卒および中途の採用で人を増やしてきました。その大半は技術職です。
H社長は技術職の中からとりあえず、業務知識レベルやコミュニケーション能力の点などから営業向きと判断した数人を選抜し、営業チームを編成しました。しかし3か月ほど前のこと。チーム結成から約半年で新プロジェクトが頓挫しかかっていると、私に相談を持ちかけてきたのでした。
「すべて新規採用の新しいメンバーで営業チームを組織することも考えたのですが、うちのサービス・プログラムが高度なので、まずは業務を熟知したスタッフで営業部隊の中核を作る必要があると思い、技術職から選抜して『営業推進チーム』を作りました。ところが彼ら、営業職に対する先入観もあってか配置転換に抵抗感が強かったようで、ハナから皆、『営業は嫌だ』『営業には向かない』と思ってしまっているのです。モチベーションが上がらないまま無理に尻を叩いてもはじまらず、今はほとんど開店休業状態なのです」
確かに技術職として入社した社員が、営業職に回されることに抵抗があるのはよく分かります。営業は一般に、「ノルマがきつい」「真夏も真冬も一日中外まわりで体がつらい」「人との接触が多くストレスがたまる」といった理由から、いい印象よりも悪い印象のほうが多く、よくない先入観が生まれやすいのも事実でしょう。
何かいいヒントはないかと思い巡らせひらめいたのが、営業職の一つ「販売員」という職種が持つ「単調」「つまらない」「退屈」という先入観を、経営者の思いを込めた巧みなネーミングで払拭したという、雑誌で紹介されていた事例でした。
企業家の思い託す職名が
それは、「先進国で通用するブランドを途上国でつくる」というコンセプトのもと、バングラデシュでバッグなどを企画・製造し、日本で販売しているという女性起業家の話です。彼女は直営ショップの販売員を「ストーリーテラー」と呼びます。ストーリーテラーに、来店するお客様に製品が生まれるまでの「物語」を語らせ、自社の商品に他店とは異なる付加価値を与える役目を担わせました。この職名により販売員スタッフは、格段のモチベーション向上が図れたというのです。
私は「これだ!」と思い、H社長にこの話をしてみました。
しかし社長の反応は、
「単に物を売るだけじゃない役割を担わせ、独自の命名をしたことの効用は分かります。ただうちの場合は、たとえ名称を変えても所詮営業は営業であり、やることが変わるわけではないですから」
と、すこぶる否定的なものでした。私は少しカチンと来て、「社長、全然理解が甘いですよ!」と語気を強めました。
「この話で一番重要なのは、単に職名を変えたことではなく、社長の思いを『ストーリーテラー』への変更に託してスタッフに強く訴えたことではないでしょうか。すなわち、社長がスタッフに何をしてほしいか、どのような気持ちで仕事に取り組んでほしいか、その意図をちゃんと伝えたことです。仕事に関するネガティブな先入観を排除し、社長の思いがにじむ名称変更ができたからこそ効果があったのだと思うのです」
女性起業家がスタッフに託したのは、自社製品が発展途上国の人たちにより一つひとつ愛情を込めて作られたものであることをしっかりと伝えたい、買った人にはぜひ愛着をもって使ってほしい、という願いでした。起業家としての思いを顧客に伝える役割をスタッフに託したわけです。その思いを共有できたからこそ、販売員たちはストーリーテラーの職名のもとモラール向上を実現できたに違いないのです。
新職名は冴えないものの
それから何度か社長とミーティングを重ね、社長は技術職から営業職に配置替えになったメンバーたちと意見を交換して、自社の将来を担う営業職に賭ける自身の強い思いを整理しました。
最終的に社長がメンバーに対して発した思いは、
「何より営業という新しいステージにチャレンジしてほしいこと」
「そのプロセスで、自分にも会社にも新しい可能性を掴むチャレンジをしてほしいこと」
「お客様のチャレンジを支援する存在であってほしいこと」
この3点でした。
9月から営業推進チームは、「チャレンジ・チーム」と命名され再スタートを切りました。メンバーのヤル気は営業推進チーム時代とは雲泥の差で、実績も少しずつ上がってきていると聞いています。「営業」という言葉が持つ先入観は、社長の思いを込めたネーミングによりなんとか払拭されつつあるといったところでしょうか。
個人的には、「チャレンジ・チーム」という名称に今ひとつ冴えがない点が気になっていますが、所期の目的が達せられる方向で順調に進んでいるのであれば、今は口にするのを控えておこうと思います。(大関暁夫)