新人のころ、先輩に叩き込まれた心得が忘れられません。
「人に貸す金、女性に貢ぐ金、株を買う金、この三つは返ってくると思うな」
「借金は絶対にしたらアカン。必要ならおれが貸してやる」
上が下におごるルールだった
給与が毎年増える高度成長下、「消費は美徳」と世の中が浮かれている気分がありました。「サラ金」などと呼ばれた消費者金融が出始めた頃です。それが1970年代後半になると、過剰な融資や高い金利、きびしい取り立てなどから社会問題化しました。先輩の指導は正しかったのです。
京都支店に次いで大阪本店に配属された僕は、しょっちゅう飲みに行っていましたが、自分でお金を払った記憶がありません。みんな先輩が払ってくれたからです。たまには、と財布を出そうとすると、「アホ! お前が偉くなったら後輩にごちそうしてやればいいんや」と叱られました。上が下におごる、それが当時のルールでした。
毎度ごちそうになりながら、先輩からは、
「社外の人と飲むときには自分で払うんやで」
「ただ酒ほど高いものはない」
とも教えられました。会社の中の人たちは疑似家族のようなものでいくら甘えてもかまわないけれども、外の人と付き合うときにはきちんと筋を通すように、という意味でした。会社の諸先輩からは、公私にわたって実にいろいろなことを教えてもらいました。
入社して3年目に大阪本店の企画部に異動してしばらくすると、自分の下に部下もでき、同期と飲みに行くときは割り勘、部下にはおごるという感じになりました。同期は約160人で、いろいろな部門にいたので、情報交換するのはとても有意義でした。毎月、酒代と本代にお金が飛んでいきました。
「見えざる手」が正しく導く
入社時に、先輩から「経済の勉強になるから」と言われ、僕は株を始めました。「経済白書」を読む仲間うちの勉強会などに参加したりはしていたものの、身銭を切る勉強はまったく違うものでした。
そこで勝ったり負けたりしながら、僕が得心したのは、「いくら考えを尽くしても予測は当たらない」ということでした。
「人間の脳みそには限りがある。何が正しいか人間には分からないのだから、市場に決めてもらうしかない」
僕は、アダム・スミスの経済理論をそう解釈し、「見えざる手」は正しい、と実感するようになりました。「株を買う金は返ってくると思うな」という先輩のアドバイスは、これまた当を得たものだったのです。
右肩上がりの時代に先輩から教えられた教訓が、今の時代に通用するかといえば、そうとばかりとも言えません。たとえば、「部下にはおごる」というルールにしても、今はどうでしょうか。僕が今の会社の若い人と飲みに行って、払いを済ませようとすると、
「出口さん、それ古いです!」
と指摘されたりします。割り勘のほうが気分がいいようです。(出口治明)