三次元の場に身を置く
オホーツク海に突き出た野付半島を目指しバスで行くと、途中で降ろされてしまいました。「先端まで行きたい」というと「そんなところ誰も行かないで。何もないところやで」と言われてしまいました。そう言われるとますます行ってみたくなるじゃないですか。何時間も歩きましたよ、寝袋もって。先端にたどり着いたときには、本当に何もないところでしたが、不思議な達成感がありました。バスも来ないようなところに自分は到達したのだと。
本を読むのは面白いし、いろいろな知識を得ることができます。しかし、それだけでは足りなくて、やはり現場を知ること、人に会うことという、三次元の場に身を置く経験も欠くことができないと思います。「人」や「旅」は、食わず嫌いに気づかされるきっかけにもなります。例えばナマコ。最初に食べた人はどうして食べてみようという気になったのでしょうか。おいしいかどうかは食べてみなければ分かりません。生身の人間が好奇心をもって自ら体験しようとする、それが大切なことではないかと思います。
僕は、わりと早い時期に47都道府県のすべてに足を運びました。鹿児島で、磯庭園(仙巌園)のベンチに座るとGパンのおしりが真っ黒になった。
それで「なるほど、桜島の灰が降るということは、こんなに大変なことなのだ」と実感できました。身をもって体験すると、理解のレベルがぐんと上がります。
そういうリアルな経験を積み重ねていくと、鹿児島出身の人と知り合ったときに「鹿児島の灰は大変ですね。僕もおしりが真っ黒になりましたよ」などと話すことができて、自然とより親しく、より深く付き合うことができるようになるのです。(出口治明)