急成長を続けるIT関連ベンチャー企業C社の若手経営者Y氏から、「叱り方を知らないうちの若い管理者たちに、どうやってそれを教えたらいいのでしょうか」という相談を受けました。
聞けば、業績および組織が拡大を続けるC社も、「具体的スケジュールで上場を視野に入れるためには、管理者が管理者の役割を果たしていない今の内部管理体制はあまりに脆く、管理者育成が最重要課題」と、監査法人から指導をされているのだと。
指導できない、指示できない
この相談を聞いた私は、反射的に「きつく叱りすぎる若い管理者が多く、パワハラまがいの指導が横行している状態ではないか」と想像したのですが、社長の話を聞いてみると、どうもそればかりでないようでした。
「一部にいる、感情的に部下を怒鳴りつける管理者も困ったものなのですが、それ以上に厄介なのが、大半の管理者が一切叱れないという事実なのです。端的に言うと、指導できない、指示できない。ひどいケースになると、管理者が仕事を担当者に振れず、自分の仕事ばかり増やして首が回らなくなってしまっているのです」
なるほど「叱れない上司」というのは、ゆとり世代として育ったおっとり型の若者にありがちな傾向なのかもしれません。ただ、「叱れない上司」が必ずしもゆとり教育のせいばかりではないという教育学の大学教授の話も、少し前に読んだことがありました。なぜ叱れないのか。その内容をかいつまんで言うとこんな話でした。
手本とすべき上司の存在
昭和の高度成長期は、組織という考え方が中小企業にはほとんどなく、「社長と職人の集まり」という会社構成が当たり前の世界だった。もちろん、部長、課長という役職はあったけれども、実際には仕事ができる社員にほかの社員よりも給与を多く払うための便法にすぎず、そこに管理という業務は存在しなかった。
ところが現在は、ベンチャー企業のような社歴の浅い中小企業でも、上場を視野に入れるなら管理という業務が早い段階からその組織の役職者に求められる。従って、役職者に任命された幹部たちは、ろくな組織経験もないままいきなり管理の立場に立たされることになり、手探り状態で役職者を演じざるをえない。これが昭和の中小企業と現代のベンチャー企業との大きな違いだ。
一方、大企業で役職に就く社員は、できあがった組織管理の仕組みの中で、担当者時代に散々上司に仕え、自身が役職者にたどり着く頃までに多くの手本や悪い見本を目にし、体感することで、知らず知らずに「管理者のかくあるべし」を学んでいるのだ......と。
すなわち、ベンチャー企業の役職者には手本とすべき上司の存在がなく、指導や指示の仕方、仕事の振り方を学ぶ機会がなかったことが「叱れない上司」の生まれる主な原因であると、その大学教授は結論づけていました。同時に「叱りすぎる上司」もまた同じ理由で生まれるのだとも。
C社は創業からまだ6年。社長自身が30代半ばと若く、社員の平均年齢は20代後半だといいます。しかも大半の社員は大手企業勤務経験がなく、手本とすべき上司の下で働いたこともなく、まさしくコラムで大学教授が指摘する通り、「叱れない上司」あるいは「叱りすぎる上司」になる条件にピタリとはまるのです。
さらに、ベンチャー企業では経営者自身が「叱れない上司」であったり「叱りすぎる上司」であるケースが多いとコラムは指摘し、そのことが多くのベンチャー企業を一定レベル以上に成長させる妨げになっているのだと論じていました。
「正しく叱る技術」を
私がそんな話を語って聞かせると、Y社長は、
「私もほとんど趣味サークルの延長のような企業に勤めて、その後独立したので上司らしい上司に仕えたことはありません。今は社長なので、部下が言ったとおりに動かなかったりすると、怒鳴ったり厳しく叱責することもありますが、確かに正しい叱り方というものは自分でも分かっていないのかもしれません」
と率直に認めました。Y社長も、やはり教授が言うところの「ベンチャー企業を一定レベル以上に成長させることができない経営者」なのでしょうか。コラムは、解決のためにはまず経営者自身が「正しく叱る技術」を身に付けることである、と結ばれていました。
「部下は上司の背を見て育つ」とは、今も昔も変わらぬ真理です。中小・ベンチャーでは社長といえども社員にとって上司。私がこれまで見てきた多くのベンチャー企業で、「管理者が育たない」という社長のお悩みの根本原因が当の社長自身の言動にあったということも多く、大学教授の見方は至極まっとうだと思われます。
半面、組織のトップとして自信とプライドに満ちた社長の言動を変えさせるのは至難の業でもあります。大学教授は机上の分析でいとも簡単に対策を処方してくれますが、現実はそう甘くはありません。
私の話に、「上場を目指すためには経営のかじ取りだけでなく、経営者としての資質変革も求められるのですね」と感想を口にしたY社長。上場という明確な目標を前にした経営者として、きっと高く厚い壁を乗り越えていかれるだろうと思いました。(大関暁夫)