叩き上げ常務のひと言で
かつて銀行員だった私にも経験があります。1990年代後半、金融危機の時代のことです。山一證券の倒産を機に高まる金融不安のさなか、私は外部出向から戻り本部営業部門に着任しました。営業現場では日々預金が流出し、まさしく経営危機。本部会議では流出を止める策をめぐる議論が繰り返されていましたが、これといった打開策が見つかることもなく焦燥感ばかりが募っていました。
私はグループリーダーとして、営業関連の主要会議に出席していました。異動したばかりで、しかもどの会議でも最年少という立場にあり、ただでさえピリピリしたネガティブ感満載の雰囲気ですから、私のなりに内に秘めた思いつきレベルのアイデアはあったものの、とてもそれを意見として言い出せるような状況ではありませんでした。
そんな折、営業担当のM常務を長とする営業推進会議が開かれます。M常務は叩き上げで、一見するとこわもてで部下に厳しい方でしたが、内面は明るくざっくばらんな性格でとても実直な方と聞いていました。会議が始まるとメンバーに開口一番こう告げました。
「僕は高卒でアタマ使わずに体だけ張ってやってきたクチだから、この危機を打開するアイデアなんか全然浮かばないのだよ。皆、とにかくどんどん意見を出してくれ。やれることは僕の責任でなんでもやる。一見くだらないと思えるアイデアでも、皆の知恵を集めればいいものが生まれると思うから、どんな些細なアイデアでも遠慮なく言ってくれ」
それまでに出席した会議とは明らかに違う雰囲気に、私は「ここなら言える」と、思いきって温めていたアイデアについて発言しました。それは、当時38年ぶりのリーグ優勝を確実にしつつあり、全国的に大フィーバーを起こしていた地元横浜ベイスターズ球団の力を借りて、勝率連動のベイスターズ応援定期を発売して少しでも預金を戻せないか、というものでした。
このアイデアを聞いた常務は、「なんで早く言わない。皆で協力してすぐにやれ!」と即決で大号令をかけてくれました。応援定期は、ベイスターズ・ブームに乗って発売とともに予想以上の話題に。新聞、テレビでも大々的に取り上げられて流出した預金が戻り始め、株価も上がって、それを機に経営危機を脱したのでした。