大過なく引退迎えた社長が明かす 中小企業経営に欠かせぬ「不便」

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   一般的に、社長がまとまりをもって管理をすることが最も難しいのは、20人から100人規模の組織であると言われます。20人に満たない組織は、嫌でも社長から社員一人ひとりの顔が見えるので、何かあれば直接対話ができます。逆に100人を超えれば、一人管理から脱却せざるを得ず、いわゆる分権管理への移行が板につく規模となります。20人から100人規模の組織は、悩み多き「発展途上規模」企業とも言えるサイズなのです。

   そんな管理が難しい「発展途上規模」の会社を30年にわたって率い、20人から80人の規模に成長させてきたという精密部品製造業のS社長。70歳を迎え社長を引退するに際して地元商工会から特別顕彰を受け、「円満経営の秘訣」というテーマで話をされると聞き、それはぜひ聞かねばと会場に潜り込ませていただきました。それがまれにみる大変興味深いお話でしたので、内容を抜粋して以下に記させていただきます。

一度として持ったことがないもの

ぬくもりが伝わる
ぬくもりが伝わる

   S社長の特別講話。

   「特別顕彰をいただくにあたり一言挨拶をしろと言われまして、しかも『お前のところの企業経営の秘訣を話せ』などと言われました。確かにこの30年、赤字なく、人の問題で困ることもなく、これといった不祥事もなくやって来られたことは事実でありますが、困ったことに、コツコツとした日々の積み重ね以外に秘訣なんてものは何も思い当たらないのです。

   そうは言っても『何もございませんでした。終わり』というわけにもいきませんので、人様との違いという観点で何かなかったかとちょっと考えましたところ、一つだけ思い当たるものが出てまいりました。それは、今やここにいらっしゃるどなた様もがお使いになっているであろう携帯電話を、私は一度も持ったことがないということです。

   『なんだお前、機械音痴か?』と思われる方もあるかもしれませんが、一応私、こう見えましても技術者の端くれでして、機械アレルギーはございません。パソコンもネットも人並み以上に扱えるつもりです。ならば『なんでこんな便利なものを使わないのか』と思われるでしょうが、それには先代である親父からの教えが絡んでおるのです。

   親父がよく言っておりましたのは、『便利の陰には魔が住んでいるから、気をつけよ』ということ。魔は『魔が差す』の魔。油断にも近い言葉でしょうか。親父は、『無くても済むなら、必要以上の便利には目をつぶれ』とも言っておりました。便利がどんどん世に増えていった高度成長期を生き抜いた親父ですから、きっと便利に乗せられて痛い目にも遭ったことだろうと思います。

   よくよく考えてみてください。昭和の時代に個人情報の漏洩がどうのとか、データが何者かに改ざんされ悪用されたとか、そんな事件はありませんでした。個人情報はオープンが当たり前、改ざんされるようなデータ自体が存在しませんでした。技術の進歩による利便性の向上は、むしろ厄介なものをセットで連れてくるのです。今思えば、親父が言っていた『便利の陰には魔が住んでいる』とはそんなことの予言だったのかもしれません。

「人肌」の感覚なくしては

   もっと身近な話を申し上げるなら、機械化、IT化で利便性が増す中で何より失われていったのは、対話という『人肌』の感覚ではなかったでしょうか。用件はメールで済ます、SNSで人の行動を間近に見ているような錯覚に陥る、今の人たちには当たり前の、そんな機械を通じたコミュニケーションは、私から見ればあまりに寂しい気がするのです。

   組織で動く大企業はそれでもいいのかもしれません。でも私たち中小企業は、そうはいきません。中小企業経営は『人肌』の感覚なくして成り立たない、私はそう信じてこれまでやってまいりました。

   もちろん必要な機械化、IT化はします。でも社員とのコミュニケーションにかかわる機械化、IT化はしたくありません。携帯電話は要らない、持たない、はそんな私の決意の表現なのです。

   携帯を持てばいつでもどこでも自分の電話機で電話ができる、さらにはメールをするようになる。メールを使うようになるとますます便利だから、電話すらしなくなってメールで済ませるようになる。電話だって相手の顔が見えずに感情が十分に伝わらないのに、メールで何が伝わるのでしょう。『人肌』が失われていく、そんな気がするのです。

   どんな些細なことでも、一人ひとりと直接会って直接指示をして、直接報告を聞いて、直接悩みを聞いてあげる。私は、この『人肌』の関係がなくなったら中小企業は絶対うまくいかない、そんな信念をもって30年間やってきました。その結果、赤字なく、人の問題なく、不祥事なくやって来られた、それだけのことなのです。

私は、貴重な忠告をくれた親父と、電話やメールでも済ませられる用件をいちいち直接話しに来てくれる、こんな面倒くさい社長の相手をしてくれる社員たちに、心から感謝をしています......」

   私はS社長のお話に感銘を受けました。社員一人ひとりと本気で対話をするのだという、30年間変わることのなかったその気概に、です。

   「コミュニケーションは量が質をつくる」とは、私が常々セミナーなどで強調するところでありますが、まさしく素晴らしい企業の質を作りあげたS社長の「人肌」経営には、多くの中小企業経営者のお悩み解決策の根源があると感じさせられた次第です。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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