「人肌」の感覚なくしては
もっと身近な話を申し上げるなら、機械化、IT化で利便性が増す中で何より失われていったのは、対話という『人肌』の感覚ではなかったでしょうか。用件はメールで済ます、SNSで人の行動を間近に見ているような錯覚に陥る、今の人たちには当たり前の、そんな機械を通じたコミュニケーションは、私から見ればあまりに寂しい気がするのです。
組織で動く大企業はそれでもいいのかもしれません。でも私たち中小企業は、そうはいきません。中小企業経営は『人肌』の感覚なくして成り立たない、私はそう信じてこれまでやってまいりました。
もちろん必要な機械化、IT化はします。でも社員とのコミュニケーションにかかわる機械化、IT化はしたくありません。携帯電話は要らない、持たない、はそんな私の決意の表現なのです。
携帯を持てばいつでもどこでも自分の電話機で電話ができる、さらにはメールをするようになる。メールを使うようになるとますます便利だから、電話すらしなくなってメールで済ませるようになる。電話だって相手の顔が見えずに感情が十分に伝わらないのに、メールで何が伝わるのでしょう。『人肌』が失われていく、そんな気がするのです。
どんな些細なことでも、一人ひとりと直接会って直接指示をして、直接報告を聞いて、直接悩みを聞いてあげる。私は、この『人肌』の関係がなくなったら中小企業は絶対うまくいかない、そんな信念をもって30年間やってきました。その結果、赤字なく、人の問題なく、不祥事なくやって来られた、それだけのことなのです。
私は、貴重な忠告をくれた親父と、電話やメールでも済ませられる用件をいちいち直接話しに来てくれる、こんな面倒くさい社長の相手をしてくれる社員たちに、心から感謝をしています......」私はS社長のお話に感銘を受けました。社員一人ひとりと本気で対話をするのだという、30年間変わることのなかったその気概に、です。
「コミュニケーションは量が質をつくる」とは、私が常々セミナーなどで強調するところでありますが、まさしく素晴らしい企業の質を作りあげたS社長の「人肌」経営には、多くの中小企業経営者のお悩み解決策の根源があると感じさせられた次第です。(大関暁夫)