「七五三現象」という言葉をご存じでしょうか。
世の企業に勇んで就職した新入社員も、3年後には中卒の約7割、高卒の約5割、大卒の約3割が退職してしまうという実証データを言い表したものです。皆が皆、嫌になって辞めるわけではないかもしれませんが、それでも中卒の7割、高卒の5割という転職率の高さには驚かされるところであります。
離職を防ぐ方法は3つ
先般、社長歴50年の大ベテラン経営者から、いかにして社員を会社につなぎとめるか、その要諦について話をうかがいました。その方は、離職率の高さに悩む商工会後輩の若手社長から相談を受けた際、こんなアドバイスを授けたのだそうです。
「自分の経験から言えば、我々中小企業が社員の離職を防ぐ方法は3つに絞られる、と話してあげたのだよ。やりがいのある仕事、円滑な職場環境、満足のいく待遇、この3つだとね。もちろん大企業じゃないから、3つすべてを満たすのは難しい。まずは最低1つを満たすことが大切。もし3つすべてがダメなら、すぐにでもどれかを改善しないと離職に歯止めがからないとね」
なるほど、仕事にやりがいがあれば多少のことは我慢ができる、一番はこれかもしれません。どんなにキツい仕事でも、その会社がブラックと呼ばれるか、あるいは働きがいのある職場と見られるかは、すべてこの点にかかっているというのが現実です。
たとえ仕事にやりがいが乏しくても、人間関係が良好であったり、待遇面がよければ、なんとか我慢がきくかもしれない。それもまた真理です。
さすが大ベテラン、的を射たお話であると感心しました。
ある人事コンサルティング企業が企業勤務者500人を対象として実施したアンケート調査に、「過去に会社を辞めたいと考えた時に、辞めずに思いとどまった理由は何ですか?」という質問がありました。それに対する上位回答は、
周囲との関係性を重視して―30%
仕事内容が面白かったから ―13%
給与に納得がいったから―10%
の3つでした。
社長の指導はストレスの種
まさしく、先の大ベテラン経営者のおっしゃるとおりなのに驚かされることしきりなのですが、注目したいのは、「周囲との関係性を重視して」という項目が他を圧倒的に引き離している点です。
私はこれまで多くの企業で「会社を辞めたい」という社員の話に耳を傾けてきましたが、辞めたい理由を根気強く聞けば聞くほど、その理由の大部分は人間関係に由来していました。すなわち、転職に傾きそうな気持ちに待ったをかけるのも、また人間関係であるのです。
それほど重要な人間関係、ついつい社員同士、上司と部下という関係が頭に浮かびがちなのですが、実はそれ以上に重要な人間関係が中小企業には存在します。
それは社長と社員の人間関係です。
社長との人間関係にストレスを感じ「辞めたい」と思った、とか、逆に会社を辞めたい気持ち満載だったのが「君に去られると私も辛い。考え直してほしい」と社長に直接引き留められて思いとどまった、などは、そこここの中小企業でしばしば耳にする話でもあります。
ずいぶん前の話ですが、精密機器製造業の顧客担当部門(いわゆるクレーム対応窓口)で退職者が相次いでいたのを、ある時点を境に退職ゼロにしたという社長の話をうかがいました。その秘訣はちょっと意外なものでした。
「私が現場に直接指導するのをやめたのですよ。振り返ってみて気づいたのです、直接指導をすればするほど、社員が辞めているのではないかなと。自分では優しく指導しているつもりでも、経営トップの言葉は絶対であり、結果、指導は叱責と受け取られてしまう。現場にはそれぞれ事情もあり、個々の現場を見ずして経営者が先入観で口出しするのは、言われた側にはストレス以外の何物でもなかったのです。以来私は、彼らをほめることだけを自分の役割に変えました」
人は、指導的な立場の人から「ちょっといいかな」と声をかけられるだけで防衛態勢に入り、コルチゾール分泌という、ストレスにより引き起こされる生体反応を示すそうです。それも暗闇で足音が聞こえたときと同等の強さで。ましてや相手が社長なら、そのストレスはより一層大きなものになり、さらにガツンとやられたらストレスはピークに達するに違いありません。社長との人間関係が崩壊してしまったと思い込み、「辞めたい」という気持ちにさせてしまうこともあるでしょう。
離職率を下げるには、職場の人間関係をよくすることが第一。特に中小企業では、実は社長と社員の人間関係がその鍵を握っているという職場の機微は、意外に当の社長には意識されていないかもしれません。
辞めたい気持ちを増長させるのも、逆に思いとどまらせるのも、社長の一言に大きく左右されるのだということは、経営者として意識していて損はないと思います。(大関暁夫)