社長の指導はストレスの種
まさしく、先の大ベテラン経営者のおっしゃるとおりなのに驚かされることしきりなのですが、注目したいのは、「周囲との関係性を重視して」という項目が他を圧倒的に引き離している点です。
私はこれまで多くの企業で「会社を辞めたい」という社員の話に耳を傾けてきましたが、辞めたい理由を根気強く聞けば聞くほど、その理由の大部分は人間関係に由来していました。すなわち、転職に傾きそうな気持ちに待ったをかけるのも、また人間関係であるのです。
それほど重要な人間関係、ついつい社員同士、上司と部下という関係が頭に浮かびがちなのですが、実はそれ以上に重要な人間関係が中小企業には存在します。
それは社長と社員の人間関係です。
社長との人間関係にストレスを感じ「辞めたい」と思った、とか、逆に会社を辞めたい気持ち満載だったのが「君に去られると私も辛い。考え直してほしい」と社長に直接引き留められて思いとどまった、などは、そこここの中小企業でしばしば耳にする話でもあります。
ずいぶん前の話ですが、精密機器製造業の顧客担当部門(いわゆるクレーム対応窓口)で退職者が相次いでいたのを、ある時点を境に退職ゼロにしたという社長の話をうかがいました。その秘訣はちょっと意外なものでした。
「私が現場に直接指導するのをやめたのですよ。振り返ってみて気づいたのです、直接指導をすればするほど、社員が辞めているのではないかなと。自分では優しく指導しているつもりでも、経営トップの言葉は絶対であり、結果、指導は叱責と受け取られてしまう。現場にはそれぞれ事情もあり、個々の現場を見ずして経営者が先入観で口出しするのは、言われた側にはストレス以外の何物でもなかったのです。以来私は、彼らをほめることだけを自分の役割に変えました」
人は、指導的な立場の人から「ちょっといいかな」と声をかけられるだけで防衛態勢に入り、コルチゾール分泌という、ストレスにより引き起こされる生体反応を示すそうです。それも暗闇で足音が聞こえたときと同等の強さで。ましてや相手が社長なら、そのストレスはより一層大きなものになり、さらにガツンとやられたらストレスはピークに達するに違いありません。社長との人間関係が崩壊してしまったと思い込み、「辞めたい」という気持ちにさせてしまうこともあるでしょう。
離職率を下げるには、職場の人間関係をよくすることが第一。特に中小企業では、実は社長と社員の人間関係がその鍵を握っているという職場の機微は、意外に当の社長には意識されていないかもしれません。
辞めたい気持ちを増長させるのも、逆に思いとどまらせるのも、社長の一言に大きく左右されるのだということは、経営者として意識していて損はないと思います。(大関暁夫)