業績ジリ貧招いた後継社長の勘違い 「たとえ死すとも無借金経営」

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   少し前の日経新聞に、「中小企業、2030年消滅?」という見出しで企業の存続を脅かすほどに深刻化する中小企業の後継問題がとりあげられていました。

   後継親族不在、あるいは二代目、三代目が家業を引き継がず社内にもふさわしい人材がいない――私の周囲からもこういった声が業界問わず聞こえてきています。

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ものづくりを支える中小の企業も消滅危機か
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   あるいは、後継が十分に育っていないのを理由にいつまでも現社長がその座に固執するという、当コーナーでもたびたび取り上げているケース。先代と後継者のどちらに問題があるのかは別として、後継問題が一筋縄ではいかないことを示しています。

   さらに厄介なのは、仮にうまく代替わりができ、後継社長が若返ったとしても、それがイコール中小企業の消滅防止にはならないということ。私も最近、順調に継承がなされながら、意外な落とし穴にはまった例を目の当たりにしたばかりです。

   プラント関連機器製造のM社は大正時代の創業で、私の古い友人であるT社長は三代目。父親である先代は、T社長が生まれる前から若くして社長の椅子に座り、高度成長時代のM社を牽引。約50年にわたってトップとして経営に当たりました。T社長が後継を意識したのは、実質ナンバー2となった15年ほど前だといいます。それから約6年を経て、先代の体調不良を機に社長の座を譲られました。

   そんなT社長が、久しぶりに友人たちが顔をそろえた集まりで、私の隣に来るとポツリと話しかけてきました。

引っ掛かった新社長の一言

「社長を継いですぐリーマンショックがあって、つくづく悪い時期に父の跡を継いだものだと思ったよ。大打撃を被り、以降、業績はジリ貧。3年前に父が亡くなってからは孤立無援。周囲には、景気回復だなんだと威勢のいい企業もあるのに、うちはダメ。自分の無力さに落胆するばかりさ。このままではさすがにもう限界だね」

   私は彼が社長に就任した直後、プライベートで少しだけ相談に乗ったことがあります。その折の主なテーマは、いわゆる社長の心得やマネジメントのポイントについてでしたが、ひとつ引っ掛かったことがありました。

   それは、「父が無借金状態に戻して、社長を譲ってくれたのがありがたい」という彼の一言でした。

   その時見せられたM社の決算書によると、利益こそほとんど出ていませんでしたが、長年蓄積された内部留保は、企業規模に比してかなり大きなものがありました。すなわち、私の銀行員経験に則って見るなら、当時のM社は銀行が喜んでお金を貸したい相手でした。

   それでもなお先代社長が無借金状態で会社を引き渡したということは、どういうことなのか。先代は晩年、投資にきわめて消極的になっていたのではないか、と容易に想像されたのです。中小企業庁の調査では、40~50代の経営者と70代以上の経営者を比較すると、積極的な投資を考える経営者は3分の2以下に減ってしまうというデータがあります。

   私が危ぶんだのは、T社長は先代の傍にいてその投資スタンスを当然のことと受けとめ、銀行からの借入を悪いことと捉えているのではないか、経営者として投資ということを誤って理解していないかという点でした。

   実は、すでに出来上がった会社を引き継ぐ二代目、三代目経営者にとって大切なことは、投資に対する正しい理解です。企業は投資により生まれ、正しい投資があって初めて発展軌道に乗るものだからです。

「いまさら借金なんて」

   酒席でT社長の愚痴を聞かされた私が「リーマンショック後の失地回復に向け、何を仕掛け、そのために取引銀行にどのような協力を求めたのか」と尋ねてみると、案の定こんな答えが返ってきました。

「銀行からの借入? それはない。父が築いてくれた無借金経営を守ることが第一だから。ましてや赤字の時に銀行から借金なんて、到底できないよ」

   銀行はたとえ赤字であろうとも、内部留保という経営基盤がしっかりしていて、計画的な投資で業績回復を図ろうとするなら協力を惜しみません。それが銀行の社会的使命でもあるのですが、T社長は完全に投資というものを誤解し、借入をしないのが良いことなのだとの信念のもとに会社経営を続け、ジリ貧を余儀なくされてきたのです。

   T社長の父親も、恐らく会社を大きく育てた昭和の成長期とは違い、後継への継承を見据えて無借金経営に戻した頃には、80歳を目前にして投資意欲が減退していたのでしょう。その姿を間近で見ていた後継が、「投資=借金」のない状態が良い状態であると信じ込んだとしても何の不思議もありません。

   トップが自らの投資意欲に衰えを感じる時期が後継への譲り時とするなら、M社の事業承継は、やはり機を逸していたということになるでしょう。

   さてT社長。すでに廃業をも視野に入れているような口ぶりでしたが、上に述べたような話をし、「胸に秘めたる起死回生策がもしあるのなら、思い切って取引銀行に相談したらどうか」と私はアドバイスしました。たとえ創業者であれ、親から引き継いだ二代目、三代目であれ、プライドある一人の経営者として、社会的存在である企業をそんなに簡単に消滅させて欲しくないからです。

   中小零細企業であろうとも、経営者としてのプライドをもって経営の指揮を執ること、それが「中小企業、2030年消滅」とならないために一番大切なことかもしれません。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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