前回は、東北地方の酒蔵で、若社長が先代の後を受け、見事に人気銘柄を育てて蔵を再生させたお話をしました。オーナー系企業経営者最大の悩み事として当コーナーでも再三取り上げている事業承継の問題でもあるので、改めてヒントとなる部分を掘り下げてみたいと思います。
先代は院政を敷きたがるもの
酒蔵Mは当初、三代目の先代経営者が、「家に戻って跡を継ぎたい」という長男の申し出を拒絶。ところが、巨額の借金を抱え経営が行き詰まると突然、先代は長男を受け入れ、「借金を肩代わりするなら」と社長の座を譲る決意を示しました。
その長男こそ現社長のY氏。当時28歳でした。先代は、多額の借金と繰越損失を抱えた財務内容に恐れをなした長男が社長を受けないこともあり得ると想定し、自分の代で蔵を閉じるなり身売りするなりして、酒蔵経営から身を引く覚悟でいたのかもしれません。
しかしY氏は難局を引き受け、10年の歳月をかけて自社銘柄を入手困難なほどの人気銘柄に育て上げ、みごと経営立て直しに成功しました。Y社長は自身の事業承継がうまくいった要因として、「酒蔵という伝統を重んじる業種でありながら、継承の経緯もあって、先代が私の経営方針に余計な口出しをしなかったことがよかった」と振り返っています。
職業柄、これまで数多くの事業承継の現場を見てきましたが、伝統があればあるほど、自分の功績が大きければ大きいほど、先代はいつまでも口を出したがり、実質的な「院政」を敷きたがるものです。院政を敷けば、社員が皆、実権者然とした先代ばかりを見て、後継者がいつまでたっても組織内のトップに立てないという問題が起きます。すなわち後継経営者としての独り立ちが遅れることになるのです。