近年何度目かの日本酒ブームに私も乗って、個人的に贔屓にしている地酒銘柄があります。個人ではほとんど手に入らないほどの人気なので、酒蔵と付き合いがありその銘柄を常備している店で飲んでいるのですが、そこの店主から意外な話を聞きました。
「この銘柄は世に出てまだ10年にも満たないもので、若い経営者が一から作ったまったく新しい酒なのです」
サラリーマン風の出で立ちで
私はてっきり、酒蔵に代々伝わる酒造りを磨きに磨いて今の味に至ったものに違いない、と思い込んでいました。ところがその酒蔵Mの四代目若手経営者は、従来の酒造りを一変させ、これまでとはまったく違う考え方で人気銘柄を作り上げたのだというのです。
「社長に会って、ぜひ話が聞きたい」。俄然、私の好奇心は掻き立てられました。そしてこのゴールデン・ウィーク、店主が定例で行う酒蔵訪問に、無理を言って同行させてもらうことにしたのです。
酒蔵Mは東北の一地方都市にありました。経営者のY社長は39歳。およそ、私が想像していたような若手カリスマ職人風情ではなく、むしろ中間管理職サラリーマン風とでも言えそうな出で立ちでした。それもそのはず、彼は大学卒業後すぐ実家を継ぐことを望んだものの、先代である父親からその許しを貰えずに、数年間、東京の大手電子機器メーカーにSEとして勤務したのです。