今から34年前に連載が開始され、80年代を通じてよく読まれたサラリーマン漫画の名作『なぜか笑介』にも、採用・就活にまつわるトピックがしばしば出てきます。
ある一話では、総合職志望の女子学生が主人公の笑介をさんざん振り回した後、ライバル社への入社を決めます。その理由は「初任給が高いから」というものでした。
古い漫画を引き合いに出すまでもなく、給料や平均年収は就活生にすれば気になるところ。というわけで、今回のテーマは「平均年収の不思議」です。
初任給のようには出ていない
初任給については、ほとんどの企業が「就職ナビ」などのサイトで公開しています。問題は社員の平均年収。こちらは、サイトにはわざと出していない企業がほとんど。
これが上場企業であれば、問題ありません。上場企業は有価証券報告書を出すことが義務付けられており、その中に平均年収についての項目もあるからです。社員の平均年齢とともに記載されています。
有価証券報告書については、「EDINET(エディネット)」と検索すれば、国がやっている情報公開サイトが見つかります。企業名を入れると有価証券報告書が出てくるので、それで確認できます。企業のIRページに掲載されていることもあるので、そちらから探すのも手。
有価証券報告書を読むのが鬱陶しいなら、「Yahoo!ファイナンス」。企業情報欄に平均年齢・平均年収が掲載されています。非上場企業も収載している『就職四季報』も、平均年収をデータとして入れています。
問題は非上場企業。有価証券報告書はない、公的サイトにも『就職四季報』にもない、となると、あとは会社説明会やOB訪問などで直接聞くしかありません。その場合、おおよそのところを答える企業と答えない企業があります。ま、その辺は回答者次第、というところもあります。
どうしても分からない場合、同業他社に上場企業があれば、そこの平均年収がいくらかわかるので、そこから推測したりします。
実際より高く見えたり、低く見えたり
ここからやや奇怪な話を書きます。
この平均年収、実際より高く見える企業と低く見える企業とに分かれます。
高く見える企業はどういうところかというと、業界はさまざまですが、ホールディングス方式にしている企業は怪しいと疑っていいでしょう。
ホールディングス企業には、本社機能の一部しか集まっていません。年収が低くなる現場職は切り離されるため、その分、平均年収は高く見えてしまいます。
ホールディングス企業で、しかも社員数が少なく、実際の採用・勤務はホールディングスに連なる関連企業といったケースは要注意です。公開された平均年収よりも実際は低い可能性が相当あります。
ただ、こうした企業も、別に見栄を張っているわけではありません。ホールディングス方式にする方が経営効率はいい、などの理由でそうしているだけです。
ところが、平均年収が実際より低く見える企業の中には、意図的にそうしているところがあります。業界で言えば、商社や金融など。業界リーディング企業も該当することがあります。
ある繊維・アパレル企業では、高卒の販売職なども含めることで平均年収を引き下げることが慣習となっています。商社や金融などでは、基本給を抑えることで公表数値となる平均年収をやはり引き下げます。
反感が怖いから低めに
なぜ、そんなことをするのか。
まず、平均年収の計算方法に、はっきりした基準がないということがあります。派遣社員を含めるかどうかなど、数字をどう作るかはその企業次第です。高く見せようと思えば高く、低く見せようとすれば低く見せることができます。
低く見せる理由は、学生より顧客を重く見ているからです。
平均年収が高ければその分、就活生の歓心を買うことはできるかもしれません。しかし、顧客、特にB to B企業(商社も該当します)はどうでしょうか。顧客企業の担当者は、当然ながら取引相手の企業のことを調べます。調べて平均年収が極端に高いとどう思うでしょうか。
「なんであいつら、こんなに給料が高いわけ?」
「高い給料を払えるなら、うちの取引の請求額、まけてもらおうじゃないか」
「あの程度の仕事ぶりで、この金額か。なんか腹立つ」
・・・・・・。このくらいにしておきますが、たかが平均年収の数値で顧客の心証を悪くすることも十分にあり得るのです。
商社や金融など、平均年収をあえて低く見せる企業からすれば、この顧客からの反感が一番怖いのです。
平均年収では分からない福利厚生
公表された平均年収が低くても、それは基本給を抑えているだけで、住宅手当などが手厚いせいで実質的な年収が相当高い企業があります。
たとえば、次の2社を比較してみましょう。
A社...平均年収600万円、住宅手当は一律5万円、家族がいる場合はなし
B社...平均年収500万円、住宅手当は家賃の9割相当額、家族がいる場合も賃貸なら9割の支給を継続(※平均年齢はともに40歳)
住んでいるエリアがほぼ同じ、勤務地も結婚年齢(30歳)も同じ社員がいたとしましょう。結婚するまで借りていた物件は勤務地から電車で30分ほど、2DKで月10万円だったとします。
A社だと、住宅手当は月5万円ですから、22歳で入社したとして、8年間で企業の負担額は480万円。B社は、住宅手当は家賃の9割相当額ですから、家賃が10万円なら9万円負担。8年間で企業の負担額は864万円。これだけで384万円もの差が出ます。
実際には、B社だと、「電車で30分、2DKで10万円」の物件よりも好条件、たとえば「徒歩20分、3DKで20万円」のような物件を借りることだってできるかもしれません。しかも、B社は結婚後も家賃補助が続きます。一方、A社には、そのような高待遇がありません。見た目の平均年収が下でも、住宅手当などのうまみを含めれば長い目でみてB社の方が実質的に上、と言えます。
平均年収が気になる学生はどうすればいいでしょうか。
まあ、目安の一つ、として調べるのはいいでしょう。が、商社・金融などを含め、低く見せている可能性が高い企業の場合は鵜呑みにするわけにはいきません。数十万円、あるいは100万円程度の差があってもあまり関係ない、ということもあり得ます。紹介した例のように、関係ないどころか、低く見える企業の方が実は高待遇というケースもあるのです。
もちろん、福利厚生は会社説明会で長々と聞く話ではありません。大まかなことは求人情報などで公開されていますし。
どうしても気になるなら、会社説明会のあとの個別質問やOB訪問などで聞いてみるのがいいでしょう。(石渡嶺司)