「ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ~。本当にダメだ、うちの営業は!」
ある懇親会の席上、数人で「営業担当の育て方」の話をしていたところ、しばらく黙って我々の話を聞いていたITシステム関係M社を経営する顔見知りの40代F社長が、お酒の勢いもあってか突然こう叫び出しました。
「担当に任せておくと、失注(受注失敗)に次ぐ失注。『何やってるんだー!』と、毎度毎度ついつい怒鳴ってしまうわけですが、一向に改善しない。コレ、どうしたらいいのですか」
悪循環をどう断ち切るか
社長の話では、決して怒鳴って終わりではなく、もっと「こうしろ」「ああしろ」と、社長が自身の経験から考えうるあらゆる改善命令を次々出しているのだとか。しかし、毎度その効果は薄く成果改善には結びつかない。結果として、ダメと知りつつ「失注→命令」という同じことの繰り返しに陥っているのだと。
「社長、そのやり方だと営業担当が育たないばかりか、だんだん社員が皆、指示待ちのイエスマンになってくるという悪循環になってないですか?」
そう尋ねると、一言「確かに」と返しこう続けました。
「私が、怒鳴りすぎということですか?それで皆が萎縮して、指示待ちのイエスマンばかりが増えてしまう?そういうことなら怒鳴らない指示方法に変えるよう努力します」
「いやそれは違います。言い方の問題ではないのです。たとえ優しく言うようにしたとしても根本的に今の社長のやり方を変えないことには、悪い流れは変わらないと思いますよ」
要するにF社長のやり方自体が、悪循環にはまっているということ。となると、その解決法は小手先の見直しではありえず、循環そのものをどう断ち切るか、という問題になるのです。
実はこの手の悪循環問題は、企業経営においてものすごく多いのです。「売り上げが落ちて、社内にハッパをかけているものの一向に下降スパイラルから抜け出せない」とか、製造現場で「不良製品が発生して、管理強化の指示を出しているが一向に改善しない」等々がそれです。
悪い時こそ上下の信頼関係が大切
悪循環をいかにして脱するのか。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授はこの問題に取り組み、組織の失敗循環モデルと成功循環モデルの違いという考え方で、バッドサイクル(悪循環)をグッドサイクル(好循環)に変える方法を提唱しています。
キム教授によれば、バッドサイクルは「結果の質」を向上させようと急ぐあまり、やり方や取り組み方に関して命令や押しつけが多くなり、上下の「関係性の質」が悪化。やらされ感から社員のやる気は低下して「思考の質」もダウンします。そうなると、自発的な行動は期待できず「行動の質」まで落ちてイエスマンが増殖する、という構図に陥るのだと。
失注という結果ばかりを社長が重視するあまり、一方的な改善命令があれこれ連発され社長と社員の関係が悪くなり、それでやらされ感満載のイエスマンが増えていく。M社の流れは、まさしくキム教授の言うバッドサイクルにはまっていると言えそうです。
では、このバッドサイクルをグッドサイクルに改めるためにはどうすればいいのでしょう。
一番の問題点は、命令一辺倒による「行動の質」の低下です。すなわち、「行動の質」を上げることが「結果の質」を上げる道だとすれば、教授の理論では、悪い結果が続くときには時間をかけてでもまず「関係性の質」を重視し、「関係性の質」→「思考の質」→「行動の質」という流れで、改善をはかる必要があるのだと言います。
端的に言えば、悪い時こそ経営者と社員の信頼関係を強くし、結果に対する当事者意識を社員に持たせる。そして、指示待ちではなく社員自らが自主的に改善策に取り組ませるべきだということ。さらに具体的には、社員とのコミュニケーションを増やすこと、特に上に立つ者が「聞く」「待つ」という受け身のコミュニケーションを重視することが大切なのです。
自身のワンマンを省みて
某有名精密機器メーカーでの話。ライバル会社に追随する製品の開発を、先行特許を全く使わず新規に行うよう命ぜられたプロジェクトが、何度となく壁にぶちあたり挫折を味わい、常識的には頓挫が当たり前という状況下で、10年以上をかけて製品化にこぎつけた例があります。
その開発メンバーにお話をうかがった時、製品化を達成できた要因として真っ先にあげたのが「我々の成果を期待感をもって待ち続けてくれた、社長からの信頼感」でした。「関係性の質」こそが長きにわたり開発者のやる気を奮い立たせ、「結果の質」に繋がったのです。
F社長にはキム教授の理論とこのエピソードをお話しし、本気で社員を変えたいならご自身のワンマンを省みて長期的な観点で「関係性の質」を高めることからはじめたほうが良い、と即席でアドバイスをしました。
「お話よく分かります。ただ、社員を変えることより自分を変えることの方が数段難しいかもしれません。僕は楽なやり方を選んでいたということなのですね。反省させられます」
そう受け止めてくれたF社長の反応に、この人ならきっと今の壁を乗り越えられると私は思いました。(大関暁夫)