先日、政府の主催した国際金融経済分析会合の席上、日銀の黒田総裁がこんな疑問を出席者に投げかけたという。
「日本の賃上げペースが遅いのは実に不思議だ」
その場では具体的な答えは得られなかったようなので、(まあ本人が目にすることはないだろうけれど)かわりに筆者が基本的な事実をまとめておこうと思う(分析会合は2016年3月16日に実施された)。
賃金の引き下げ圧力
日本人の賃金が政府、日銀の期待通りには上がっていないのは、以下の2つの構造的な課題があるためだ。
1:社会保険料の引き上げ、65歳雇用義務化といった賃金の引き下げ圧力世間では消費税をたった2%上げる、上げないで議論が盛り上がっているが、サラリーマンの社会保険料はこの10年、ほぼ一貫して引き上げられ続けている。つまり、労働者から見れば給料が横ばいであっても、会社から見れば従業員のために負担する人件費は増え続けていることになる。人件費の原資が一定とするなら、社会保険料負担が増えた分は従業員の賃金を抑制して賄う以外にはなく、「なんで賃金が増えないんだ」と言われても「いやいや、国に取られる分が増えてるからでしょ」としか言いようがない。
ついでに言うと、企業はこれからまだまだサラリーマンの社会保険料は引き上げられるとみている。3月28日付の産経新聞朝刊によれば、総理は消費税10%への引き上げ凍結の方針を固めたというから(消費税増税凍結→その分、とりやすいサラリーマンから天引きする、というロジックで)企業のそうした予想は一層強化され、さらなる賃金抑制圧力になるはずだ。
くわえて、65歳雇用義務化も大きな負担となっている。こちらも人件費の原資が一定である以上、5年間長く雇用するためのコストは下の世代の賃金を削ってねん出せねばならないから、これも立派な賃下げ圧力だ。
2:成長戦略不発による賃上げ意欲減退さらに言えば、そもそも賃上げ出来る状況にすらない。企業にとって固定費の増加をもたらす賃上げはハードルが高く、将来的な経済環境によほど強気にならないと実現はまずありえない。少子化で人口減少の続くこの国で、そうした自信を持てる企業がどれほどあるだろうか。というより、それを後押しするための成長戦略が『第三の矢』であるはずだったのに、政府はほとんどそのための構造改革には手を付けていないのが現実ではないか。
この状況で「賃上げにはもっと期待していたのに」と言われても「我々の方も構造改革、もっと期待してたんですけどね」としか返しようがない。
筆者の感覚で言うと、むしろ将来的な日本経済の先行きには悲観的な企業がほとんどのように思う。そういった企業は、やがてくるであろう「暗く長いトンネル」に備え、今からできるだけ固定費を抑制しておきたいというのが本音だろう。