先週登場した私の銀行時代の上司Fさんの、企業経営、特に事業承継の参考になりそうなエピソードをもうひとつお話しておきます。
銀行役員退任後の上場企業Y社社長時代のお話です。Fさんは、カリスマ創業家社長体制から一転、企業の長期発展に向け企業風土を変えるべくサラリーマン社長へのバトンタッチのつなぎ役を見事に果たされたという点で、非常に稀有な振る舞いをされました。
先代と2代目の間に入って実権の譲渡に腐心
Y社は戦後の急成長企業にありがちな、創業社長の超ワンマン体制が長らく続いていました。当然問題は、後継へのバトンタッチです。自身は80歳半ばを過ぎ体調不安からようやく会長に退き、長男への社長継承。しかし、社内の実質最終決裁者としての存在は変わることなく、院政と言える状態が長らく続いていました。Fさんは、2代目社長の後見人的役割を期待されてE社に移り、先代と2代目の間に入って実権の譲渡に腐心していました。
そんなある種の格闘の途上で、会長が逝去されます。ところが、2代目は目の上のタンコブが取れて、いよいよ自分のカラーを出すべく張り切ってやっていかれるのではないか、そんな周囲の予想に反し、逆に創業者の後ろ盾がなくなった不安とプレッシャーからか、会長逝去を境に体調が思わしくない状況に陥ってしまったのです。
その後2代目は、業務に携われない日も徐々に増えて会社経営にも支障が出始め、事態は予想もしなかった展開に。ほどなく2代目はリタイヤを余儀なくされ、3代目が社内にいるものの、まだまだ年齢的に若く上場企業の社長を務めるのは荷が重いと、重責は思いがけずFさんに回ってきました。2代目は自身の力不足を詫びつつ、Fさんに後を託しました。
「先代は素晴らしい起業家でしたが、彼がつくった権力一極集中の企業文化は社員の自立性を失わせ、イエスマンの山を築きました。このままでは会社の将来が不安です。2代目ととして存在感を示せなかった私に、これを変えることは難しい。いずれの日にか3代目が会社を率いることになるかもしれないその時までの間、外の企業文化を知るFさんの力で、何とか皆で会社を動かす社風に変え、未来永劫発展を望める企業にして欲しいのです」
役員異動発表に周囲は驚き、社内は沸いた
Fさんは悩みました。果たして外様の自分が、新たなワンマンになることなく、創業来長年培われた社風、企業文化をそう簡単に変えることができるのだろうか。力づくで行動を起こしたなら、かえって組織が崩壊してしまうのではないかと。当然、人脈を駆使して様々な知人、友人に意見を求め相談したと聞きます。そして、出した結論が、「自分が先頭に立つのではなく、企業文化を変える方向性をしっかりと見出し、それに向かって走り出せる体制をつくる」という目標に、期限を切って取り組むということでした。
社長に就任すると、旧体制下で創業者にベッタリで「優秀なイエスマン」として長年重要ポストを占めてきた、役員はじめ幹部社員たちが急激にスリ寄ってきます。Fさんは、これを全面的に受け入れることなく、かと言って排除することもなく、自然体で対応します。どうあろうともロートル役員に企業文化を変える旗振りはできないと考えたこと、ただし今は余計な反対勢力は作りたくない、そんな気持ちからの対応だったのです。
Fさんがしたことは、幹部を見渡してその実力をしっかり吟味し、自分の後を誰に任せ、どのような体制を組ませるか、それを明確に決めること。Fさんは周囲の誰にも公言していませんでしたが、心に決めた期限は1期2年でした。
2年後の役員異動発表に周囲は驚き、社内は沸きました。Fさんが後継指名したのは、役員としては最若年層に属する40代後半の若手幹部でした。さらに同年代の役員2人をナンバー2に据えて、実質的な若手リーダーたちによる3頭トロイカ体制を組ませたのです。
「創業者の体制に、幹部としてはどっぷり浸かっていないフレッシュな人材を登用すること、それを最優先で考え、かつワンマンにならない分業管理をしっかりトップ層から根付かせようと考えに考えた末の結論がこれでした」
自らは代表権を持たない平取締役に降りた
そしてもうひとつの驚きが、Fさん自らが3頭体制のスタートと同時に、自ら代表権を持たない平取締役に降りたことです。
「この先2年は側面フォローしますが、私が院政を引いたらせっかく企業文化を変えるための新体制が、何の意味もなくなってしまう。権力承継はあくまで潔く、これもまた来たるべき将来の政権交代時に備えて新たな文化として根付かせる、そういうことです」
その後Fさんは予定通り、2年で退任。一方3頭体制は、その2年ですっかり定着しました。現在、3代目も3頭トップの下について経営の一翼を担う立場でご活躍中。次代体制への以降準備も着々と進んでいるようです。
Y社社内の知り合いに聞いた話では、「若い経営者が近代的な運営をするようになり、創業者時代とはすっかり企業の雰囲気が変わり、まさしく『第2創業』を実感しています」とのこと。業績も至って順調です。ワンマン体制下の企業風土改革実現に向けた橋渡し役としての短期外部経営者登用と、その後の分業トロイカ体制による一気の経営若返り。ワンマン経営からの事業承継成功例として、大いに参考になる事例であると思います。
(大関暁夫)