先日の3月11日で、東日本大震災から早5年。震災が起き、毎日悲しいニュースが流れていた頃を、今でもはっきりと覚えています。もう5年も経っていたのかと、びっくりしてしまいました。いまだ復旧が進んでいない地域も有り、避難所生活をしている人もいるでしょう。少しでも早く以前の生活を取り戻し、安心して生活を送れるようにと祈るばかりです。
あまり知られていませんが、震災等が起きた時に活用できる制度「給料の非常時払い」というものが有ります。今回は何かあった時に知っておきたい「給料の非常時払い」について解説します。(文責:「フクロウを飼う弁護士」岩沙好幸)
「貯蓄はほとんどありません」
私達夫婦は、震災で被災し、親戚を頼って今の土地にやってきました。幸いなことにすぐに仕事も見つかり、苦しいながらも妻と2人で支え合ってなんとか生活してきました。そんな中、ついに待望の第一子を授かることが出来たのです。とても嬉しく、幸せな報告だったのですが、心配なことが一つあります。それは出産に関する費用のことです。
借金などはありませんが、生活を立て直すのがやっとで貯蓄はほとんどありません。震災の際、給料の非常時払いというものを利用しましたが、妻の出産でも同じようにしてもらうことは出来るのでしょうか?(実際の事例を一部変更しています)
弁護士解説 「後払い原則」の例外として
ご懐妊おめでとうございます。ご苦労がおありだったようですが、それを乗り越えてのおめでた。さぞかし喜ばれていることと思います。ただ、出産費用もかかるでしょうから、ご心配ももっともですね。
では、出産費用のために給料の非常時払いを利用できるのでしょうか。そもそも、給料というのは後払いが原則です(民法624条)。給料は労働の対価ですから、労働した後でないと給料は支払われません。しかし、法律は一定の場合に後払いの原則の例外を認めています。それが給料の非常時払いです。
給料の非常時払いを定めた労働基準法25条を要約すると、使用者は、労働者が出産、病気、災害その他の非常時の費用に充てるために給料の支払いを請求した場合は、給料の支払日前であっても、すでに働いた分の給料を支払わなければなりません。
この条文だけみれば、労働者自身が関係する場合(今回の例では出産)しか非常時払いがなされないように読めますが、法律は他のケースも想定しています。労働基準法施行規則9条は、他のケースとして「労働者の収入によって生計を維持する者が出産した場合」にも、給料の非常時払いを認めています。
ですから、ご相談者のケースでも奥様の出産のために給料の非常時払いを利用することは可能です。その場合、奥様がご相談者の「収入によって生計を維持する者」であることが必要です。もし奥様がパートをしていてパート収入があったとしても、ご相談者の収入によって生計を維持すると認められる場合は、非常時払いの対象になります。
「労働者の収入によって生計を維持する者」の場合も想定
ただし、たとえば、奥様の収入も十分にあって夫婦で家計を別にしているような場合ならば、奥様はご相談者の「収入によって生計を維持する者」にはあたらないので、ご相談者は給料の非常時払いを利用できません。この場合は、奥様自身が勤務先に対して給料の非常時払いを請求するかどうかの問題になります。
なお、給料の非常時払いは、あくまで今までにした労働の対価を支払ってもらうものであり、まだしていない労働の対価をもらうものではありません。ですので、2か月、3か月分の給料を先に支払ってもらうような制度ではありません。それは給料の前借りです。
また、自分の配偶者だけでなく、同居人であっても、自分の収入で生活している人ならば、給料の非常時払いの対象になります。自分の収入で生活している人かどうかが問題なので、親族に限らないということですね。
あまり知られていない、「給料の非常時払い」。解説してきた様に、出産や病気の際も使える事を、是非覚えておいてください。無事に出産されることをお祈りします。
ポイント2点
●非常時には、「給料非常時払い」という制度を利用することができる。給料の前借りをするのではなく、これまでに働いた分を、予定の支払い日より前に受け取れるように請求することができる。
●本人だけでなく、「労働者の収入によって生計を維持する者」が出産などした場合にも制度を利用できる。