アンガーマネジメントをご存じでしょうか。人間関係等で相手に対して沸き起こった怒りを抑え、その強力すぎるパワーをマイナスエネルギーには変えないというテクニックのこと。
テニスの錦織圭選手がアンガーマネジメントを身につけて世界ランキングトップ5入りしたとか、大相撲の大関琴奨菊がアンガーマネジメントにヒントを得て初優勝を手にした、とかの報道もあり最近注目の自己マネジメント手法です。
アンガーマネジメントとワンマン経営者
その基本は、怒りを感じてから6秒間やり過ごす、というもの。人間は怒りを感じると、アドレナリンが急激に発生するのですが、発生から約6秒でそのピークが過ぎるのだと言います。すなわち、怒りを感じて6秒以内に感情に任せた言葉を発してしまったり、行動に出たりしてしまうと、相手を必要以上に傷つけ、取り返しのつかない亀裂が生じることもあるのです。
オーナー企業経営者というものは、自分で事業を立ち上げて会社を形づくってきたという自負があるからでしょうか、ワンマン経営は当たり前。自分の思うようにいかないと、社員相手にどなり散らしたりモノにあたって威嚇したり、などとおよそアンガーマネジメントから程遠い行動を平気でとっている社長も多いと感じています。その奔放な怒り様故、思わぬ失敗を招いたと言う場面も何度か目にしてきました。
数年前の事ですが、Web関連のITコマースビジネスで急成長を遂げていたB社を、弊社提携先の会計士と今後の事業展開のヒアリング目的で訪問した時のことです。面会相手は当時40歳で創業者のK社長。社長室隣接の社長応接に通され挨拶まじりに談笑を始めたその時、突然社長の携帯が鳴りました。
「うん、何?...。電話じゃよく分からん、すぐこっちに来て説明して」
社長の怒声が聞こえ・・・
社長は電話を切ると、「失礼しました。常務のSからなのですが、どうもつまらないトラブルがあったようで今説明に向かわせているので、その折はちょっと中座をお許しください。すぐ終わると思いますので」と断りを入れました。
その間社長は、S常務は来るべき株式上場を視野に入れて数か月前に上場IT企業からヘッドハントした大変優秀な人材であること、業務全般を統括させつつ上場準備を兼務させ実質ナンバー2の右腕として大いに期待していること、等の話をしてくれました。
15分ほどして常務が到着し、社長と2人で隣接の社長室に入りました。残された我々が手持無沙汰で待っていると、しばらくしていきなりK社長の怒鳴り声が聞こえて来たのです。
「言うことが聞けないのなら、お前はクビだ!今すぐ出ていけ!」
我々の耳にハッキリとそう響く怒声が聞こえ、顔を見合わせました。
「穏やかじゃないですね。長引きそうですし、秘書に断って日を改めましょうか」
会計士は言いました。私は耳にした社長の言葉が、どう考えても自身の参謀役相手に言ってはいけない一言に思えたので、今の社長の様子をこの目と耳で確認したく「少し待ってみませんか」と提案しました。ほどなく社長室のドアが開閉する音がしました。常務が出ていったのでしょう。さらにしばらく経って、K社長が応接室に戻ってきました。
「お待たせして、申し訳ない」。そう言った社長の顔は明らかに先ほどまでとは違う、怒りなのか後悔からなのか、かなり青ざめた表情に見えました。「思った以上に深刻なトラブルでして、続きは日を改めて頂いてもよろしいですか」と絞り出すように険しい顔つきのまま社長が言い、面談ヒアリングは終了となりました。
怒りのピークをやり過ごす法
結局2か月ほどして、再訪問は実現しました。先日のトラブルの顛末が気になっていた私は、ヒアリングにかこつけて「上場準備はS常務中心に順調ですか」と尋ねてみました。
「あ...、先日は大変お見苦しいところお目にかけてしまいました。実はSは辞めました。...トラブルの責任をとらせた形です...」
社長は自分の怒りの一言を我々に聞かれてしまったことを思い出し、恥ずかしさと後悔の念もあったのでしょう。その言葉はいつになく歯切れが悪く多くを語りませんでしたが、S常務の辞任は、K社長が怒りに任せて言い放った、言ってはいけないあの一言が影響しているのは明らかでした。
B社は、未だに上場を実現できていません。S常務が辞めたことだけがその原因ではないのでしょうが、少なからず影響があったことは否定できません。K社長の事例は、社長の怒りは立場上の強いパワーを持ちすぎるが故に、その怒りの持っていき方に注意しないと、思わぬ損失や失敗を招くことがあるという教訓であると思います。
ちなみに専門家が教える、怒りを感じてから6秒間の具体的なやり過ごし方ですが、ひとつ深呼吸をして100から3づつ引き算をするのが効果的だとか。「97、94、91、88...」とアタマの中で数えているうちに、怒りのピークは過ぎ去っていくそうです。怒りっぽい皆さま、ぜひお試しください。(大関暁夫)