先日、痛ましいスキーバス事故があった事は皆さん覚えているかと思います。次世代を担う若い学生たちが命を落とし、大変悲しいニュースでした。事故を起こした会社では、運転手の多くが健康診断を受けていないと報じられていました。人の命を預かる業種を営んでいる企業が、こんなずさんな管理体制だったとは驚きを隠せません。
今回は、企業の社員管理の一環である健康診断に関して、企業の義務はどういったものなのかを解説していきたいと思います。(文責:「フクロウを飼う弁護士」岩沙好幸)
先輩は事故で減給扱い
私は建築系の会社で働いており、大型のトラックなどを運転することがあります。運転が長時間にわたることも多く、周りには過労から体調を崩す同僚もいます。ある先輩は、不調を抱えながら仕事を続けていたのですが、先日、会社の車で自損事故を起こしてしまい、会社から「先輩が悪い」といわれ、かなりの額の減給扱いになりました。
私も疲れがたまっており、自分も事故を起こさないかと不安です。そんな話を、別の会社に勤めている知人にしたところ、「健康診断で血圧とかの数字はどうだったの?」と聞かれたのですが、私は受けたことがありません。会社に入って3年経ちますが、会社から健康診断の話が出たこともありません。そう伝えると、知人は「それはおかしいのでは?」と言っていました。
健康診断を受けさせないウチの会社には問題があるのでしょうか。また、健康診断の話が出ないくらいですから、会社は、従業員の健康や過労の度合いのチェックなどもしていません。先輩の事故は、こうした会社の姿勢が影響しているのではないでしょうか。一方的に「先輩が悪い」と減給されたことにも疑問があります。(実際の事例を一部変更しています)
弁護士解説 会社は受診させなければならない
会社が行う健康診断については、労働安全衛生法という法律に定めがあります。
会社は、従業員に健康診断を受診させる義務を負っており、正社員については全員、契約社員については契約上の雇用期間が1年以上の者、アルバイトやパートについては1週間の労働時間が正社員の1週間の労働時間の4分の3以上の者に、健康診断を受診させなければなりません。健康診断は、従業員の人数や資本金の額など、会社の規模がいかなるものであっても、必ず実施しなければならず、実施しなかった場合には50万円以下の罰金が科せられます。一方で、従業員には、会社の実施する健康診断を受診することが義務付けられています。
会社は、雇入れ時の健康診断と年1回の定期健康診断を実施する義務を負っており、深夜業務など特定の過酷な環境下での業務に従事する者に対しては、年2回の定期健康診断を実施しなければなりません。さらに、特定の有害業務に従事する者に対しては、業務内容に応じて、じん肺健康診断や石綿(アスベスト)健康診断といった特殊健康診断も実施しなければなりません。
ちなみに、通常の健康診断については、業務の遂行に直接関連するものではなく、従業員の一般的な健康の確保を目的としたものなので、受診のために要した時間を労働時間として扱うかどうかは、労使で協議して定めるべきものとされています。したがって、休日に健康診断を受診した場合でも、就業規則に定めがない限り、受診に要した時間分の賃金を請求することはできません。これに対し、特殊健康診断については、業務を遂行する上で当然必要なものとされており、業務時間外に受診したときは、割増賃金を請求することができます。
以上より、ご相談者の会社も、少なくとも年1回の定期健康診断を実施しなければならず、建築系の会社ということなので、場合によっては年2回の定期健康診断や特殊健康診断を実施する必要があるでしょう。今回のご相談では、会社の車で自損事故を起こしてしまい、減給という懲戒処分を受けています。しかし、事故を起こした原因が、健康診断を実施しないなど従業員の状態に無関心で、過労を放置した会社の姿勢にあるならば、懲戒処分は権利の濫用として無効になる可能性がありますね。
従業員の損害賠償義務が制限されるケースとは
また、業務上のミスで会社に損害を与えた場合でも、従業員が通常求められている注意義務を尽くしていたのであれば、損害賠償義務は生じません。従業員に重大な不注意がある場合でも、会社が過労をさせていたなどの事情があれば損害賠償義務はかなり制限されるのが通常です。
今回のご相談では、会社が健康診断を実施せず、さらには結果として従業員が過労状態となり自損事故を起こしてしまっているので、従業員に損害賠償義務があったとしても少額になると思います。
事故が起きてからでは遅いので、会社に要求をしても健康診断を実施してくれないという場合は、すぐに労働基準監督署や弁護士にご相談ください。
ポイント2点
●会社には健康診断を受けさせる義務が、従業員は健康診断を受ける義務がある。また、特定の業務に従事する者に対しては、特殊健康診断を実施しなければならない。
●業務上のミスで会社に損害を与えたとしても、会社が過労をさせていたなどの事情があれば、損害賠償義務はかなり制限されると考えられる。