日銀のマイナス金利政策導入が世間を騒がせております。この政策、これまで民間銀行が日銀に預金を預けていると金利がついていたところを、今後は逆に手数料がとられてしまうことから通称マイナス金利政策と呼ばれています。
日銀の狙いは、銀行が手数料を嫌って日銀から資金を引き揚げ企業への貸し出しに回すことで、企業が積極的に投資をすることにつなげる景気の浮揚効果であると一般に報道されています。最近お目にかかった知り合いのとある社長が、この報道を聞いてこんなことを言っていました。
融資は需資原則に従う
「いくら日銀がマイナス金利を仕掛けて、銀行におカネを貸させよう貸させようとしたところで、企業はそう簡単には借りませんよ。いくら金利が低いからと言って、使い途がないおカネをわざわざ金利を支払ってまで借りないです。こんな政策で景気はよくなりません。政府も日銀も、企業経営者の気持ちを分かっていないなと思いますよ」
なるほど、銀行では昔から「融資は需資原則に従う」と言って、資金需要があって初めて成り立つものという融資推進に関するセオリーがあります。その考え方に従うならば、この社長の言うことは確かにおっしゃる通りであると言えそうです。また大半の企業経営者は、同じように今回のマイナス金利政策を受け取っているかもしれません。
しかし、そこまで考えて私がちょっと思い出したのは、同じ企業経営者でも、以前講演会で聞いた武蔵野という会社の小山昇社長のお話です。書籍執筆やセミナーを通じて中小企業経営者の指導もおこなっている、一部では有名な中小企業経営者兼中小企業指導者です。
小山氏の考えはこうです。もし銀行が積極的に借りてくださいと言ってくるのなら、その時は例え少し高い金利を払ったとしても、どんどん借りるべきであると。銀行は企業の業績が順調な時はおカネを積極的に貸してくれるが、調子が悪くなってくると貸してくれなくなる。ここに企業が行き詰る最大の要因がある。だからこそ、どうぞ借りてくださいと言われている時には借りられるだけ借りておき、万が一の事態に備えて資金を蓄えておくことも大切であるのだ、と言うのです。
「会社経営にも保険は必要」
元銀行員の私から見て、目から鱗の話でありました。需資原則に関係なく、おカネは借りられる時に借りられるだけ借りておきなさいとは、およそ銀行員にはない発想です。いや、むしろ先の知り合いの社長をはじめ大抵の経営者は、「金利がもったいない」と考えるのが普通ですから、彼らからもまず出てこない発想ではないでしょうか。
しかし、小山社長の話が奮っていると思ったのは、その裏にあるこんな考えです。
「例えば5000万円を1.5%の貸出金利で借りたとして、支払利息は年間75万円。月々約6万円です。社長さん方、生命保険に月々おいくら払ってます?生命保険は社長の大病には役に立っても、会社の大病には役に立ちません。会社経営にも保険は必要。不要な銀行借入は、いざという時に会社を救ってくれる保険料だと思えば安いものです」
なるほど、元銀行員の経験からすればこれはある意味ごもっともな話ではあるのです。確かに銀行は、月々貸したおカネの返済がしっかりとなされているなら、業績が下向き加減であるからという理由では、すぐに全額返しなさいとは言いません。言われてみればなるほどそこが銀行借入の良い点でもあり、それを見通したうえで万が一の保険として不要な借入を推奨している点は、なかなか鋭い視点であると言っていいでしょう。
保険的視点だけでなく、小山社長は前向きな発想も忘れていません。
「手元に資金があれば、いろいろ発展的なことが考えられる。おカネがなければ、そうはいかない。金利を払ってでも多くのおカネをプールし、そのおカネをいかに有効に使って会社を発展させることを考えるか、それこそが経営者のするべき仕事なのです」と。
保険を掛けつつ、自社の経営スタイルを一変させる
資本主義の日本では、おカネなくしては何もできません。しかし何か事業を思いついた時に、銀行に言えばいつでも必要なだけのおカネが借りられる企業など、ほんの一握りにすぎません。会社を発展させるために何かをしたい、何かを買いたい、そんな場面に出くわしてから銀行に借り入れを相談しても、すぐには良い返事は得られないのが普通。やれ資料提出だ、書類整備だと要求され、さらに追加でいろいろ作らされ、そうこうしているうちにせっかくのビジネスチャンスを逃してしまう、そんなことも間々あるのです。
「『いらない時ばかり銀行は借りてくれ、借りてくれと言ってきやがって』、なんて銀行員を追い返したら社長失格ですよ」
小山流に考えると、社長が企業経営者としてその役割を十分全うし、自社を発展軌道に乗せる絶好のチャンスがやってきた、という感じでしょうか。
円高、株安傾向を誘発し、世間一般にはどうも評価の低い日銀のマイナス金利政策ですが、企業経営者にとっては、企業経営に保険を掛けつつ自社の経営スタイルを一変させるチャンス到来と考えてみるのも一考かもしれません。(大関暁夫)