NHKの小野文惠アナウンサーの発言が波紋を呼んでいる。不妊治療を特集した番組内での、「出産しなかった私たちはいい捨て石になろう」という言葉だ。
「捨て石」という言葉の響きに驚いた人も多く、「そんな言い方しないで...」と悲しむような声も上がっているが、一方で「決してネガティブな意味ではない」ととらえた人もいるようだ。
「世の中をよくすることに無念のエネルギーを注ぎたい」
不妊治療の特集があったのは、「週刊 ニュース深読み」(2016年2月13日放送)でのことだ。
体外受精の成功率は40歳で8.3%、45歳で0.8%にまで下がるという数字が紹介され、金銭的な負担も大きく、せめて保険を適用してほしいといった当事者のメッセージが読まれたのち、東京都の20代女性から寄せられたという、こんなメッセージを小野アナが読んだ。
「そこまでして子どもが欲しかったのなら、早めに結婚したらいいのにと思う。そこで税金が使われるのは無駄だと思う。生まれない子どもに税金を使わないで、生まれてくる子ども、赤ちゃんに税金を使ってほしい」
さらに埼玉県の40代女性の「40代は子どもを産むなと言っているようなものですね。この世代の不妊治療をもっと手厚くしないと少子化は止まらないんじゃないですか」というメッセージを紹介した後、小野アナの考えが飛び出した。
「私も40代なので、20代の頃は高齢出産のニュースなんか見ると、50歳くらいまでに産めばいいのかなって思ってるうちに手遅れになりました。ちょっとでも希望があるならって希望をつなぐ人たちの気持ちはすごく、痛いほど共感できますし、そこに手を差し伸べないのって何か、何か・・・無念というか。20代、30代で、今もうちょっと仕事頑張らないとっていう時に産めるような社会でもなかったですよねっていう。甘えてるかもしれないですけど、でも・・・そんな状況じゃなかったんですけどっていう辛さをどこに振り向けたらいいのか・・・」
そして「この世の中をどうしたらもっとよくなるのか、そこにこの無念のエネルギーを注ぎたい気持ちにもなってきました」と語気を強めた。
「いい捨て石になるには?」問いかけに沈黙
そして番組終盤、話題になっている小野アナの発言があった。
「実はこの番組を作ったディレクターも、ちょうど私と同じぐらいの世代で、気が付いたらタイミングがとっくに過ぎてましたっていう。『私たちは捨て石だと思うんですよ』と言うんです。『でも小野さん、いい捨て石になりましょうよ』と。『この無念をいいエネルギーにして世の中に貢献できること探しましょうよ』って言うんですね」
ゲストコメンテーターの面々に「いい捨て石になるには、どうしたらいいと思われますか?」と問いかけたところ、皆考え込んでしまい、スタジオはしばし沈黙。「捨て石」という言葉のチョイスに、ロンドンブーツ1号2号の田村亮さんは「ドキッとしますね」と率直な感想を述べていた。
その後、「企業が不妊治療で有休を取りやすいように」「不妊治療についてオープンに話せるような環境を作る」「周りに理解して寄り添ってほしいと思っている当事者がまず声を上げる」など、現状の改善策が話し合われ、番組は終了した。
「礎」ととらえる向きも
コメンテーターが揃って考えさせられてしまった「捨て石」発言だが、視聴者も同様だったようだ。
ツイッターでは、
「なにが『捨て石』だ。こんなディレクターにいい番組ができるわけない。歯ぎしりするほど悔しい」
「不妊治療しても子供が出来なかった我が家にとって、看過出来ない物言いだな」
といった反発の声や、
「変に『良い捨て石』などと自らを正当化しなくても、自分が選んで来た道にもっと誇りと自信を持って欲しいな。自分で選んだ道なんだから」
と、「そんな言い方しなくても・・・」という声が書き込まれている。
一方、捨て石という言葉には「現在の効果はないが、将来役に立つことを信じて行う行為。また、そうする人」(大辞林 第3版)との意味があり、「決してネガティブな意味で言ったのではない」と指摘する人も多い。
「たぶんだけど、本人はそんなに悪い意味で捨て石って言ったんじゃないよ。礎というのか。辛い気持ちと前向きな気持ちと、私は両方感じるよ」
「捨て石って考えてみたら案外いい言葉。いつの世も種の繁栄の為に誰もが次の世代の礎なんだなって思った」
「言いたくなる気持ちわかる。私は少し救われた。良い捨て石に私はなりたい」
「捨て石」という言葉には様々な受け止め方があるようだが、こうして話題になることで不妊治療の議論を深めるきっかけになっている。こうした点で、今回の小野アナの発言は、批判も受けたが、「いい捨て石」になった、とも言えそうだ。(MM)