「信頼厚い幹部」に裏切られるトップの特徴
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   旧知の梱包材商社S社が突然の実質倒産により他人資本の管理下に置かれ、約30人の従業員は継続雇用か否かの瀬戸際で眠れぬ日々をおくっているという驚きの話を聞きました。

   なぜ驚きかと言えば、S社は業歴50年超、大手運輸会社への梱包材納品をメインとして、長年安定した業績をあげ、創業から一貫して実質無借金経営を通してきていたからです。社長のK氏は二代目ですが既に70代半ば。倒産の直接の原因は、社員の使い込みでした。

ベテラン営業幹部が使い込み

まさか、あいつが・・・
まさか、あいつが・・・

   使い込みをした社員Tはベテランの営業幹部で、長年S社一番の取引先である大手N社を担当していました。N社のシステム変更により当面3か月ほど、支払が遅れるとの話があり、S社も一時的な支払繰り延べを取引先に依頼し資金繰りをつないできたのでした。

   しかしある日突然、社員Tが出社しなくなり蒸発。おかしいと思った会社はN社に確認すると、システム変更の事実はなく支払は通常通りに行われていたと。すなわち、Tの横領により同社の売上の7割を占めるN社向け売上がいきなり回収不能になってしまったのです。

   もちろん会社は業務上横領で通報しTは指名手配されたのですが、その後全く手掛かりはなし。海外へ高飛びでもしたのではないかと言われています。いくら犯罪がらみであろうとも、ビジネスで支払いは免除されません。社長に、突然の窮地が襲ってきたのです。

   K社長は膨大な支払いを抱え、会社の完全倒産だけは避けるべく資金集めに奔走しましたが結局思うに任せず、自宅ならびに所有の不動産を全て売却し、その資金を支払いの一部に充てることでなんとか会社の完全倒産だけは回避しました。自身は借家住まいとなりつつも、取引先企業に営業権付での部分売却や無償引き受けをお願いすることで、現在も社員の生活保全に東奔西走する日々を送っていると聞きます。

売上の1社依存度は高いまま長年・・・

   創業50年超の実質無借金経営で一見屋台骨がしっかりしていたかのように見えたS社ですが、社長歴30年超になるK社長のマネジメントのどこに落とし穴があったのでしょうか。私自身の記憶をたどりつつ関係者の話を聞いてみることで、今回の件から中小企業経営に関するいくつかの重要な教訓を得ることができましたので、それを以下に記してみます。

   K社長は、社長歴こそ長かったのですが二代目のお坊ちゃんでした。新しいことにはあまり手をつけず、基本は従来路線踏襲。企業の経営が盤石であったのは、先代が築いた大手N社との太い取引があったからでした。端から見ていても、N社のグループ企業にも近いほどの「親戚づきあい」的関係はちょっとやそっとでは崩れそうになく、売上の1社依存度は高いまま長年安穏とした企業経営を続けてきました。

   今回の悲劇における最大の原因はもちろん社員Tの売上金持ち逃げにありますが、Tが担当していた大手N社への売上依存度の高さもまた、潜在的リスクとして常日頃から認識する必要があったのでしょう。取引解消と言う外的リスクがどんなに低くとも、今回のような思わぬ社内不祥事による潜在的リスクが顕在化する可能性もゼロではないのですから。

   また、最大の原因である社員Tの売上金持ち逃げも、社長の従来路線踏襲が生んだ弊害であったとの見方ができます。社員Tは50代の幹部社員でしたが、入社以来何らかの形でN社にかかわりここ20年ほどはN社担当責任者を一手に引き受け、社長からの信頼も最も厚い社員だったのです。中小企業ではよくあることですが、業務が人に付いてしまい、他の人間からは見えない、易々とは担当替えができない状況になっていたのです。

S社が教える3つの教訓

   この状況は、「どうぞ悪事をはたらいてください」と言っているようなものです。普通の取引先ならともかく、自社の屋台骨を支えるような取引先に関して、他の社員が入り込む余地がないような状況を作り出してしまうのは、いつ社員の出来心で会社をつぶされてもおかしくない状況なのです。もしこのような状況があるなら、すぐにでも思い切った担当替えやローテーションによる相互けん制を働かせる必要があるのです。

   もう1点、教訓として上げておきたいのは銀行取引です。私自身が元銀行員なので、余計に気になっていたのですが、K社長は根っからの銀行嫌いでした。子供の頃に親戚が借金のカタに自宅や田畑を取り上げられてきたのを見て来たからと、「借金は死を招く悪行」と公言してはばからなかったのです。銀行とは預金取引のみ。無借金の優良企業でもあったので、たびたび取引銀行の支店長が新規融資打診目的で尋ねて来てはいたものの、ほとんど門前払い状態。「決算書など絶対に銀行には見せない」と、秘密主義を貫いてきました。

   銀行はいかに長年にわたる大口の預金先であろうとも、平素からその業績や業況を把握していなければ、例え企業の存続にかかわる緊急融資の申し込みがあろうとも対応は難しいのです。その結果、今回のような有事発生においても、銀行の協力を仰げず最悪の事態を招いたのだと思います。

   どんなに安泰に見える企業でも、ビジネスにおカネがつきものである以上、「一寸先は闇」なのです。受注1社依存のリスク、業務が人に付くリスク、銀行を遠ざけるリスク。S社が教える3つの教訓は、日頃から多くの中小企業経営者に自問自答していただきたいことでもあります。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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