創業から150年を経て、いま5代目が経営している自動車部品卸し会社が、中部地方にある。面談した時、経営者にしては珍しく、情けなさそうな顔をして、こう漏らした。
「この間ファンドが来て、『税引き後利益2%程度なら、会社を売って、キャッシュに換えた方が利回りが良いですよ。ぜひ考えてください』だって。ほんとうに悔しかった。何のために事業をしていると思ってるんだ・・・」
ファンドの指摘は、オーナーが事業を行い、資産を持つ意義とは、「それがいくらの利益を毎年もたらしてくれるのか」であり、現金や土地に換え、運用して利益が高まるなら、そうすべきだという話だ。社長の悔しげな表情の裏には、自分の利益のために経営しているのではない、という憤怒が見えた。
数々の時代の変化、出来事をのり越えてきた
事業経営や資産保持の目的について、このファンドと同じように考える人は多い。経営者の中にも少なくない。
しかし、今回紹介した会社をはじめ、長寿企業の場合は違う。なにせ、関東大震災(1923年)も、第2次大戦も、バブル経済も、リーマンショックも、数々の時代の変化、出来事をのり越えた物質的、精神的資産に支えられている。
では、長寿企業における経営の最大の目的とは何か。その核となるのは、
「長年、勤めてくれている社員の雇用を守るんだ」
という思いだ。
これは、筆者が行った「創業から100年を超える」長寿企業300社以上のアンケート調査や面談から浮かんできたもので、これこそが、幾多の荒波を乗り切ってきた長寿企業経営者の共通認識だ、と確信している。
他人の手を借りられずにいられない
そして、「社員の雇用を守る」の次に「お客様」が来る。「ウン?どうもおかしい」と思われる読者もいるだろう。「お客様は神様です」という言葉が流行ったことがあった。あらゆる業界で川下指向が幅を利かし、この言葉は金科玉条のごとく使われた。しかし、お客様さえ大事にしていれば、会社は維持、発展していけるだろうか。首を縦に振る読者は経営者にならないほうがいい。実は、それはあり得ない方程式だからだ。なぜだろう?
一人で事業を始めた人がいるとしよう。顧客を開拓して、販売ができるようになり、事業は順調に滑り出した。ところが、自分一人で仕事をこなしている間は、バタバタ忙しいだけで、さほど利益は残らない。僥倖に出会って大儲けしても、それは経営とは言えない。たんに一人親方であり、ブローカーだ。毎年、売上、利益を維持し、増やそうと思うと、他人の手を借りられずにいられない。それが従業員であり社員だ。
一人でしているビジネスは商売であって、やり繰りであって、経営ではない。経営は、ある事業目的を将来にわたって実現しつつ、利益を上げてゆく、という行いを称する。それには自分以外の社員が欠かせない。経営は、自分と妻以外の人を一人でも雇った時に、スタートする。長寿企業はそれを100年以上続けてきたのだから、「雇用を守る」という意識が骨の髄まで染みこんでいるのだ。
この連載では、先に触れた調査から分かった長寿企業のさまざまな知恵を紹介していきたい。(浅田厚志)