「下町ロケット」見て鼻息荒い経営者 「メインバンク替えてやる!」の落とし穴

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   中小企業の活躍を描き、本年(民放)№1視聴率ドラマとなった「下町ロケット」。年末も行く先々でこのドラマの話題で持ち切りでした。

   元銀行員ということもあって、私に対するこのドラマに関するご質問は、主人公の佃航平社長と銀行との駆け引きにからんだものが多いです。先日も立食パーティでご一緒した埼玉県内で製造業を営むR社社長が、こんな話を投げかけて来ました。

地方銀行VSメガバンク

ドラマの中の社長と、現実の社長
ドラマの中の社長と、現実の社長
「あのドラマがスッキリするのは、下請けのプライドを賭け大手先に対抗する徹底した強気の姿勢と、気に入らない銀行支店長にメインバンク交代の引導を渡すあたりですね。前者の話は実際にはまずあり得ないので、現場を知らない素人のドラマだなぁと思うけれども、後者のメインバンク代えというのは、作者が元銀行員だけに真実味を感じます。ウチも今いろいろ銀行取引で思うところもあって、メインバンク交代の背中を押されますよ」

   聞けば、R社のメインバンクは地方銀行S銀行。先代時代からの長い取引なのですが、1年ほど前に赴任した若い支店長とソリ合わないのだと。このところは支店長からの指示なのか、担当者がやたらに細かい資料の提出を求めてくる上に、新規融資には消極的な印象で、社長の気分は至ってよろしくないのだと言います。

   一方、対照的に融資売り込みに積極的なのは、メガバンクのM銀行です。2年ほど前に低金利の長期資金の売り込みから取引が始まり、以来S銀からの既存借り入れも積極的に肩代わりしたいとの強力なプッシュが続いている状況。いっそ大半の融資を肩代わりしてもらってM銀にメインバンクを代えようかと、まさに思案中であったのです。そんな折、「下町ロケット」の主人公、佃航平社長の物言いに刺激されて、私にメインバンク交代の是非を聞いて背中をもうひと押ししてもらいたい、というのが本音のようでした。

「金利は安いし、預金しろとか給与振込をしろとか余計な協力要請もない。借入をするとき以外あれこれ資料を出せとも言われないし、面倒くさくないのが一番。大手銀行はやり方がスマートです。M銀がメインバンクなら、会社にも箔がつくような気がしますしね」

ちょっとばかり注意が必要

   低金利と大銀行のブランドに惹かれて、業績好調の中小企業社長がメガバンクの取引を増やしていくというのはよくある話なのですが、ちょっとばかり注意が必要です。

   私が銀行にいた頃の話ですが、北関東のエリア飲食チェーンH社でも同じようなことがありました。H社は地元のG銀行をメインバンクにしていたのですが、当時のG銀は地元でも有名なお堅い銀行で、とにかく融資スタンスが保守的。イケイケのH社社長は、お堅いG銀に日常から不満が多く、多店舗で広域に自社のブームを作りたいと目論んでいたことから「のろまな地銀が事業の足を引っ張っている」とすら言っていました。

   私がいた銀行の判断も、H社の急激な拡大戦略はチャンスであると同時にリスクも大きいこと、自己資本に比べて借入依存度が高くなりすぎること、資産が少なく保全(物的および人的担保)が脆弱であったこと、などから当面は慎重スタンス。メインバンクと歩調を合わせながら対応していく方針でありました。

   ところが、都内から一本釣り的に法人取引の拡大戦略で攻め入ってきたメガバンクT銀行が、「うちに多店舗展開のお手伝いをさせてください」と低金利の融資を売り込み、H社は念願の広域多店舗展開に着手すべく借入を大幅に増やしてしまったのです。これを知ったG銀や私の銀行は一層慎重姿勢になり、T銀は次々と借入の肩代わりをおこないアッという間に数字上でメインバンクが入れ替わってしまったのでした。

   しかししばらくして、多店舗展開が思ったような成果を上げていないと分かるや、運転資金の折り返しをストップしたり、店舗を譲渡させて長期資金の返済を迫ったり、手のひらを返したような対応を取り始めました。社長はG銀や私の銀行に泣きついてきましたが、多額に貸し込んだメインバンクのT銀が撤退方向ではG銀もウチも本社融資部の了解が得られず、結局T銀の仲介で大手に事業譲渡する形で実質廃業となったのです。

銀行取引の裏セオリー

   なぜこうなってしまうのか。そもそも、メガバンクはその成り立ちからして大手企業のための金融機関なのです。中小企業はあくまで補助的収益源。借入残高10億円以下の企業は、主要顧客ではないのです。一方の地銀や信用金庫といった地域金融機関は、どんな小さな企業でも地元企業の発展協力を通じて地域経済の活性化支援をするのがその使命です。メガバンクとは、中小企業取引の目的もスタンスも違うのです。要は、同じ銀行でも役割が違う。もちろん全部が全部、H社のようなケースになるとは言えませんが、銀行取引の裏セオリーとして覚えておいて損はない話です。

   冒頭のR社社長には、その場でこうアドバイスしました。

「銀行がうるさく言うというのは、御社をよく見てくれている証拠でしょう。私の経験からは、むしろ安心だと思いますよ。御社のことをよく分かってくれていない方が、よっぽど怖い。それと、銀行の支店長なんて2年も我慢すれば交代しますから、取引見直しはそれから考えても遅くはないでしょう。企業の話も銀行の話も、ドラマはどこまでもドラマです。佃航平社長の銀行対応はストーリー上では爽快ですが、元銀行員の私から見れば明らかに間違っていますよ」

   社長は意外そうな顔をしていましたが、私の話を聞いて、恐らく早まったことはしないだろうと思います。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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