「名門」というブランドに頼った取引展開だったのか
ある時にT社長とサシで杯を傾ける機会があり、社長がなぜブランド品ばかりを身につけているのか、酒の勢いも手伝って思い切って尋ねてみました。
「別にブランド品だから買っているわけじゃない。単純にモノが良いから着ているのですよ。昔から『安物買いの銭失い』って言うでしょ。ブランド物は確かに高いけど、中身は間違いない。1枚1000円のTシャツや1本2980円のスラックスなんて、身につける人の気が知れませんね。安物ばかりを身につけていると、人間まで安くなっちゃいますよ」
いつも安物を身につけている私に対するアテツケじゃないかと思うほど、自信に充ち溢れた物言いに反論の余地は全くありませんでした。
それから5年ほどの後のことです。退職した私の耳にS社倒産の報が入ってきました。納品先中堅商社の倒産の煽りを受けた連鎖倒産であったと。たまたま、とある会合で顔を合わせた知り合いの経営者が教えてくれました。
「リーマンショックの影響で主要先への販売が落ち込んで、地域の名門貿易商社を頼って新規ルートの開拓を盛んに行っていたのですが、信じて取引を拡大していたその商社が実はやはりリーマンショックで傷んでいたのです。一部地元経営者の間では、あの商社は名門かもしれないが危ないと囁かれていたそうなのです。お父様を早くに亡くされて、仕事の本質を教えてくれる人がいなかった2代目の不幸なかもしれませんね」
T社長の「ブランド志向」は、自身が本質を見極める術を持たないが故の護身策だったのかもしれない。そして、「名門」というブランドに頼ったが故の本質を見失った取引展開が、命取りになったのかもしれない。私はそう思わずにはいられませんでした。