TVドラマ「下町ロケット」のヒットで、今中小企業のモノづくり現場が注目を集めています。私の周囲にも大企業を陰で支える技術系中小企業はたくさんありますし、ドラマの佃製作所の如く、知名度の低い割に独自の高度な開発力、技術力を持ち、世界的なメーカーに部品を納品している企業も存在しています。
そんな技術系中小企業発展の可能性と限界点を教えてくれたのが、銀行時代からお付き合いのあったIT機器向けの精密部品メーカーC社です。C社は、大学の技術系学部を出て独立系の開発研究所勤務から独立した、いわゆる発明家であるM氏が立ち上げた世界水準の技術を持つ下請け製造業でした。
一夜にして世界の一流企業に部品を納品することに
創業期からの10年余りは、独自開発の部品を社長の過去人脈を使って販売し、ある程度の売り上げは立っていたものの、研究所勤務時代からの社長人脈以外の営業力は無いに等しい状況でした。当然のことながら、国内の大手メーカーに売り込みを掛けてみても、その扱いは、けんもほろろ。発明家M氏の事業は開発費ばかりがかさみ、C社はいつ倒産してもおかしくないような状況にありました。
そんなある日、社長が大手企業の担当者に渡した最新極小部品の見本がひょんなことから米国大手IT機器メーカーの技術担当者の手に渡り、いきなり英文Faxで製品照会が入るという『事件』が起きました。
突然の英文Faxに社長は「怪しいセールスFaxだろう」と思って放置していたものを、たまたま銀行からの出向者が見つけます。「大変です社長、この書面、アメリカのI社が見本を持って本社に説明に来いと言っています!」。それはまるでドラマのようなお話でした。
アメリカのI社は、C社が製造した極小サイズに似合わない部品の精巧さに驚き、ぜひ取引をしたいと申し出て来たのでした。こうして一介の中小企業C社は、一夜にして世界の一流企業に部品を納品することになりました。まさに中小企業版「ジャパニーズ・ドリーム」そのものでした。
「第二のソニー」と業界紙で持ち上げられた
この事は業界内ですぐに話題になり「第二のソニー」と業界紙で持ち上げられ、大手各社は手のひらを返したように、こぞってC社詣でを始めます。C社は、一躍大企業から引く手あまたの超優良中小部品メーカーとなりました。しかし、栄華は長くは続きませんでした。
現在、C社はすでに存在しません。I社との取引開始の数年後、外国企業に身売りし完全にその姿を消したのです。優秀な技術者たちは大手企業はじめ、メーカー各社に引き抜かれていきました。営業部門や事務部門のスタッフの中には、路頭に迷う者も出たと言います。
なぜC社はそのような末路をたどったのでしょう。米国企業I社の仕事を獲得したC社は、日本の大手メーカー各社の仕事も一気に獲得しました。しかし、テクノロジーの世界の進歩はすさまじく、C社の技術は業界内でかっこうの標的にされ、アジアの有力部品メーカー各社はC社に取って代わろうと自社の技術革新を続け、生産コストに勝る彼らとの闘いに巻き込まれる悲劇がまもなくやってきたのです。
C社は米国企業I社の仕事が取れた段階で、一気に上がった知名度を武器に国内中堅メーカーなどに積極的な営業活動をして仕事のすそ野を広げておけば良かったのですが、元々の営業力のなさと相次ぐ大手企業からのオファーに油断をしてそれを怠りました。
「下町ロケット」のように、大手企業相手に丁々発止とは・・・
結果、最大取引先となっていたI社からの発注ストップを機に経営状態が悪化し、国内大手企業との取引もその影響を受け激減。企業自体が存続不能の危機に陥り、銀行はじめ周囲への迷惑を最小限に抑えるべくやむを得ず、技術力を求めて来た外国企業に身売りするという結末に至ったのでした。
「営業力の欠如がC社の致命傷。「町工場の星」が技術力だけで世界に立ち向かうことは不可能」。C社が身売りした後の業界紙に、そんな記事が掲載されていました。紙面では、対I社はもとより大手相手の折衝はすべて相手の言いなり営業となり収益が悪化したこと、リスク分散できる中堅企業宛の受注が拡大できなかったこと、を「業績悪化→身売り」の原因として論じていました。中小企業製造業発展の限界点を見た、私はそんな気がしました。
はじめにも申し上げたように「下町ロケット」の佃製作所のように技術で世界に通用するレベルを持つ中小企業は、現実の世の中にもたくさん存在します。しかし彼らが技術力だけで大きな発展や、継続的な成長を続けていくことは本当に難しいのです。技術力と営業力が両輪としてバランス良く機能することが、技術系企業発展の重要なポイントである、C社の事例はそんな示唆に富んでいると思います。
大手レベル、世界レベルの技術力がある会社でも、営業力が中小企業レベルのままでは対外的には通用しない。代理店を使ってでも、まず大手レベル、世界レベルの営業力を身にまとうべく努力すべき。現実の世界を知る立場からは、大手企業相手に中小企業的に丁々発止のやり取りを展開する佃製作所を見て、ついついそんなことを思ってしまう私です。(大関暁夫)