日経新聞の「税金考」という連載記事の内容が、打ち合わせで顔を合わせた同業者ミーティングで大きな話題になっていました。話題の中心は、記事にあった突然降りかかる重税に苦戦するオーナー企業における事業承継の難しさの問題です。
このコーナーでも何度か取り上げている事業承継の問題は、一言で言えばうかうかしていると残された者が大変なことになる、と言う点が最大のポイントです。それを税金と言う側面から生々しくこの連載では取り上げていたのですが、同業各社の皆さんの反応はみな「よくぞ取り上げてくれました」というものでした。
「大半の高齢経営者に危機感がない」
税金の話に関しては収益が上がっている企業ほど問題は大きく、株価の評価次第で先代の持ち株を引き継ぐ相続人が膨大な税負担を強いられることになるのです。その税金を支払うために社員の給与を減らして役員報酬を大幅に増やたことで社内に不協和音が発生して業績が悪化したとか、幹部社員に株を無理やり引き継がせたものの多額のローンを負担しきれずに権利放棄して続々退職してしまい会社が大混乱に陥ったとか、出席者が目の当たりにしてきた準備なき先代の死後承継の話が、次から次へと生々しく交わされました。
行政系シンクタンクで事業承継を担当するS氏は、「税金対策に限らず、とにかく大半の高齢経営者に事業承継に対する危機感がない」と手厳しく言い放ちました。
「経営者の5人に1人が70歳を超え、ほとんどの方が事業承継をしなくちゃと思いながら手つかずなんです。70代では手遅れになりかねない。私も、手遅れで倒産や廃業等の憂き目に会う企業をたくさん見てきています。いつも、泣くのは従業員です。とにかく早い段階でどう事業承継するべきなのか、10年計画で考えて欲しい問題です」
S氏によれば、そもそも後継者がいない、いても家業を継ぐことを拒否されている、従業員にも適当な後継者がいない、と言う「事業承継難民企業」が全オーナー系企業の3分の2以上を占めていると言います。仮に従業員に適任者がいたとしても、会社に多額の借入があるならその債務に対する個人保証を引き継ぐと言う今の日本的金融制度のあり方に尻込みして、土壇場で「やっぱりお断り」というケースも多いと言います。
資本継承とM&A
こんな状況にありながらも経営者は「いずれなんとかなるだろう」と放置しつつ、Xデーが近づいてくる。社員はそんなこととはつゆ知らず、社長が突然死して初めてどうにも立ち行かない自社の現状を知らされることに。倒産はしなくとも後継なく廃業すれば皆職を失い、40代以上社員には再就職困難と言う地獄が待ち受けているのです。
企業コンサルタントのY氏が、S氏の話をうけて続けました。
「同族承継、従業員承継が思うようにできないケースでは、資本承継という最後の手段が残されているのですけど、どうも古い経営者の皆さんはこのやり方に対するご理解に乏しく、せっかくの救われるチャンスをミスミス逃している場合も多いのです」
Y氏が言うところの資本継承とは端的に言えばM&Aのことで、他の会社や事業ファンドに自分の会社そのものを買ってもらい、自社を存続させるという手段です。中小企業には縁遠いイメージが強いM&Aですが、Y氏は「中小企業にこそM&Aは重要な戦略的手段」と断言し、ご自身がかかわった次のようなエピソードを話してくれました。
ある日突然、Y氏の会社が提携している税理士から顧問先企業の経営危機を助けて欲しいと連絡がありました。50人規模の会社社長は周囲にガンであることを隠して仕事をしていたのですが、突然倒れて入院。既に末期ガンで余命3か月を宣告され、朦朧とする意識の中で「なんとか従業員を守って欲しい」と税理士に泣きついたのだと言います。
普段は見えない最大のリスク管理事項
会社経営は至って順調、しかし後継親族もなく、ワンマン体質の下ですべて社長任せの状況でやってきた従業員を短期間で後継者に育て上げるのは無理。税理士から相談を受けたY氏は調査後にそう判断して、病床の社長にM&Aによる企業譲渡を提案しました。社長は初めM&Aという言葉に拒否反応を示しましたが、限られた時間の中で「従業員にも取引先にも遺族にも迷惑がかからないなら」と企業譲渡を決断したのでした。
その後は大急ぎで提携先のM&A仲介企業を介して、買い手候補企業経営者と病床でお見合いを重ねました。社長は気力で余命宣告と戦い半年後に同業の準大手企業への資本譲渡が決まりました。交渉の結果、社名は残る、従業員も全員継続雇用、下請けを含めた取引先もすべて引き継ぐという条件での契約にこぎつけたことで、大変感謝されたと言います。契約を終えた社長は本当に安堵したのでしょう。その4日後に亡くなられたそうです。
「このケースは、社長が死の淵に立たされていたという他に選択肢がない状況があってどうにかM&Aを受け入れてもらい、結果皆丸く収まったという本当に奇跡に近い綱渡りでした。60代を過ぎた経営者の皆さんには、事業承継の「どうにかなるだろう」は「どうにもならない」を肝に銘じてもらい、我々側面で支援する者は日頃から企業譲渡も含めたあらゆる手立てを見せ、正しい理解を求めつつ承継促進を先導していかないといけません」
新聞記事に端を発したこれら一連の話に出席者一同、事業承継は優良企業においても、いや優良企業だからこそ普段は見えない最大のリスク管理事項である、との認識を改めて強くした次第です。(大関暁夫)